未完成の言葉の欠片 / ※印は要注意orネタバレ / 二次はクリア後前提です
[PR]
2026.04.04 Saturday
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
06/07/11
2006.07.11 Tuesday
「おじさま?」
螺旋階段の石壁に束の間声が響いたかと思うと、その後に続くのはしんとした静寂だけだ。微かな不安が胸を掠める。開いた扉の隙間から顔を出して、テレジアは部屋の中を覗き込んだ。「お・じ・さ・ま!」時間を置いてもう一度声高に呼びかけても、やはり返答はない。少女は不思議に思って、扉の向こう側に躰を滑らせた。
柔らかな暖色の光が壁の上方に掲げられ、室内を照らしている。テレジアは上質の絨毯を踏みしめながら、書架の間を抜けて奥へと進む。新旧取り混ぜた専門書――彼女にはそのタイトルの意味すらよくわからない――の並ぶ棚は、いつ見ても圧巻だ。
しかしその先に進んでも、彼の姿は見当たらない。不在の時には、テレジアが勝手に入れないようにきちんと鍵を閉めていたし、何より灯りもつけたまま、机の上も散らかったままだ。
順番に部屋を覗いて、ひとつずつ確かめてみても、やはりいない。
「いらっしゃらないの……?」
上の寝室なのだろうか。彼はテレジアがそこに入り込むことを、あまり快く思っていないようだったけれど。
そっと階段を昇り、扉を押し開ける。そこで彼女が目にしたのは。
「おじさま! どうなさったの!」
慌ててベッドの傍らに駆け寄る。彼は薄く片目を開けただけで、テレジアの姿をちゃんと認識したのかはわからない。苦しそうにベッドに伏したまま、喉元を掻き毟るような仕種。不規則な呼吸。きつく白いシーツにしがみつく指先が痛々しい。
「わたくし、お母さまに知らせてお医者さまを――」
「待って」
踵(きびす)を返しかけた瞬間、素早く手首を掴まれる。思いの他きつく。がくん、と動きを止められてテレジアは振り返った。
「ここにいて。誰にも言わないで」
痛みを必死に堪えているのだろう、喉の奥から搾り出すような掠れた声で、けれど強く懇願され、テレジアは怯んだように立ち尽くす。そんな風に訴えられては、その場にとどまらざるをえない。手加減をする余裕もないのか容赦なく力を籠められた手首が痛くて、涙が出そうだったが彼女はじっと耐える。
彼女は小さな子供にするように――自分が熱で苦しい時、母親がそうしてくれたように――髪を撫で、ゆっくりとなだめるように囁いた。できうる限りやさしく。
「だいじょうぶよ、おじさま。だいじょうぶ。テレジアがついてるわ」
辛抱強くそうしていると、少しずつ荒い呼吸が治まっていった。持っていたハンカチで汗を拭うと、
「ありがとう」彼は小さく呟いた。「痛かったろう、ごめんね」
「平気よ」
醜く鬱血した痕の残る手首を、さっと長い袖口で隠してテレジアは答える。
螺旋階段の石壁に束の間声が響いたかと思うと、その後に続くのはしんとした静寂だけだ。微かな不安が胸を掠める。開いた扉の隙間から顔を出して、テレジアは部屋の中を覗き込んだ。「お・じ・さ・ま!」時間を置いてもう一度声高に呼びかけても、やはり返答はない。少女は不思議に思って、扉の向こう側に躰を滑らせた。
柔らかな暖色の光が壁の上方に掲げられ、室内を照らしている。テレジアは上質の絨毯を踏みしめながら、書架の間を抜けて奥へと進む。新旧取り混ぜた専門書――彼女にはそのタイトルの意味すらよくわからない――の並ぶ棚は、いつ見ても圧巻だ。
しかしその先に進んでも、彼の姿は見当たらない。不在の時には、テレジアが勝手に入れないようにきちんと鍵を閉めていたし、何より灯りもつけたまま、机の上も散らかったままだ。
順番に部屋を覗いて、ひとつずつ確かめてみても、やはりいない。
「いらっしゃらないの……?」
上の寝室なのだろうか。彼はテレジアがそこに入り込むことを、あまり快く思っていないようだったけれど。
そっと階段を昇り、扉を押し開ける。そこで彼女が目にしたのは。
「おじさま! どうなさったの!」
慌ててベッドの傍らに駆け寄る。彼は薄く片目を開けただけで、テレジアの姿をちゃんと認識したのかはわからない。苦しそうにベッドに伏したまま、喉元を掻き毟るような仕種。不規則な呼吸。きつく白いシーツにしがみつく指先が痛々しい。
「わたくし、お母さまに知らせてお医者さまを――」
「待って」
踵(きびす)を返しかけた瞬間、素早く手首を掴まれる。思いの他きつく。がくん、と動きを止められてテレジアは振り返った。
「ここにいて。誰にも言わないで」
痛みを必死に堪えているのだろう、喉の奥から搾り出すような掠れた声で、けれど強く懇願され、テレジアは怯んだように立ち尽くす。そんな風に訴えられては、その場にとどまらざるをえない。手加減をする余裕もないのか容赦なく力を籠められた手首が痛くて、涙が出そうだったが彼女はじっと耐える。
彼女は小さな子供にするように――自分が熱で苦しい時、母親がそうしてくれたように――髪を撫で、ゆっくりとなだめるように囁いた。できうる限りやさしく。
「だいじょうぶよ、おじさま。だいじょうぶ。テレジアがついてるわ」
辛抱強くそうしていると、少しずつ荒い呼吸が治まっていった。持っていたハンカチで汗を拭うと、
「ありがとう」彼は小さく呟いた。「痛かったろう、ごめんね」
「平気よ」
醜く鬱血した痕の残る手首を、さっと長い袖口で隠してテレジアは答える。
PR
05/02/11
2005.02.11 Friday
「わたくし、お勉強はきらい」
「どうして?」
「なぜって、家庭教師(ガヴァネス)のお話はつまらないもの。むつかしい説明ばっかりでなに言ってるのかわかんない。ルディには怒らないのに、わたくしにばかり礼儀作法(マナー)にうるさいし。それにいつもお父さまやお母さまの子どものころとくらべるのよ! 見てもないくせに!」
「知識を身に着けるのは大事なことだよ。礼儀作法もね」
「だって、だって……」
「『だって』は駄目」
「どうして?」
「なぜって、家庭教師(ガヴァネス)のお話はつまらないもの。むつかしい説明ばっかりでなに言ってるのかわかんない。ルディには怒らないのに、わたくしにばかり礼儀作法(マナー)にうるさいし。それにいつもお父さまやお母さまの子どものころとくらべるのよ! 見てもないくせに!」
「知識を身に着けるのは大事なことだよ。礼儀作法もね」
「だって、だって……」
「『だって』は駄目」
04/03/19の続き
2005.01.29 Saturday
急いで靴を履き、夜着の上に毛織のガウンを羽織っただけの格好で部屋を飛び出した。長い廊下を走り抜ける間、誰にも見咎められなかったのは幸いだ。急いで階下に降り、更に外に足を踏み出す。内苑はきらめくような純白の雪で埋め尽くされている。真冬の外気は冷たく、身を切る寒さにもかかわらず、全身は上気してむしろ暖かいくらいに感じられた。慣れた足取りで雪の敷き積もった広い庭を突っ切って、テレジアは西の物見塔の麓まで駆けつける。
そして高い塔を見上げた。周囲はしん、と静まり返って鳥の羽音すら聞こえない。
ガウンのポケットから先程の鍵を取り出し、氷のように冷えた錠に差し込んだ。カチリ。金属質な音がして封印が解かれる。古びた扉を全身の力で引っ張り、こじ開けたその隙間に少女は躰を滑り込ませる。
何処までも続くような螺旋階段を、息を切らして駆け上った。一番初めに昇った時と同じ、不安な気持ちが胸を掠める。
階段の突き当たりまで辿り着き、テレジアは軋む木の扉をそっと押し開ける。灯りのない部屋は薄暗く、石壁で囲まれた内部は普段より更に冷えて感じられた。中に踏み入ると、床に散らばっていることが多かった数々の分厚い本は、今では全てきちんと書架に整理されている。書きかけの論文が机に積み重ねられていることもなかった。
そして何より、少し無愛想な表情で自分を迎え入れてくれる彼がいない。
――それが一番さみしい。
「おじさま……」
思わず口に出して呟いていた。留守にするなんて全く聞いていなかった。今までも何度か塔を空けていたことはあったようだけれど、二、三日もすれば必ず帰ってきていた。しかし、わざわざ自分に鍵を託して行くくらいだから、今度の不在は長期に及ぶのだろう。
(行き先も知らせずに発(た)つなんて)
ひどい、と俯いたテレジアは涙の滲んだ言葉を飲み込む。
彼女は回転椅子の上に片膝を立てて座り、そこに体重を預けてみる。いつも彼がそうしていたように。
(ひどいわ、おじさま)
そして高い塔を見上げた。周囲はしん、と静まり返って鳥の羽音すら聞こえない。
ガウンのポケットから先程の鍵を取り出し、氷のように冷えた錠に差し込んだ。カチリ。金属質な音がして封印が解かれる。古びた扉を全身の力で引っ張り、こじ開けたその隙間に少女は躰を滑り込ませる。
何処までも続くような螺旋階段を、息を切らして駆け上った。一番初めに昇った時と同じ、不安な気持ちが胸を掠める。
階段の突き当たりまで辿り着き、テレジアは軋む木の扉をそっと押し開ける。灯りのない部屋は薄暗く、石壁で囲まれた内部は普段より更に冷えて感じられた。中に踏み入ると、床に散らばっていることが多かった数々の分厚い本は、今では全てきちんと書架に整理されている。書きかけの論文が机に積み重ねられていることもなかった。
そして何より、少し無愛想な表情で自分を迎え入れてくれる彼がいない。
――それが一番さみしい。
「おじさま……」
思わず口に出して呟いていた。留守にするなんて全く聞いていなかった。今までも何度か塔を空けていたことはあったようだけれど、二、三日もすれば必ず帰ってきていた。しかし、わざわざ自分に鍵を託して行くくらいだから、今度の不在は長期に及ぶのだろう。
(行き先も知らせずに発(た)つなんて)
ひどい、と俯いたテレジアは涙の滲んだ言葉を飲み込む。
彼女は回転椅子の上に片膝を立てて座り、そこに体重を預けてみる。いつも彼がそうしていたように。
(ひどいわ、おじさま)
04/08/05
2004.08.05 Thursday
「わたくし、変わり者だって言われても別に気にならないわ」
「判る? レージィ、君は僕のところには来ちゃ駄目だって言ってるんだよ」
「おじさま、わたくしは大好きよ、おじさまのこと」
彼は何処か呆れたような、困ったような表情を浮かべて、
「……父君がお怒りにならないうちに早くお帰り、レージィ」
そう静かに言った。
「判る? レージィ、君は僕のところには来ちゃ駄目だって言ってるんだよ」
「おじさま、わたくしは大好きよ、おじさまのこと」
彼は何処か呆れたような、困ったような表情を浮かべて、
「……父君がお怒りにならないうちに早くお帰り、レージィ」
そう静かに言った。
04/05/14
2004.05.14 Friday
「やっぱりここにいた。思った通りだわ」
少女の上げた声に、彼はゆっくりと振り返った。
「……テレジア」
物見の塔の遥か上、見晴らし台の柱に凭れて遠い夜空を眺めていた少年の傍らに、テレジアは駆け寄る。地上の喧騒など我関せずといった面持ちの静かな空気。その中で落ち着いた声に名前を呼ばれ、不意に幼い頃に戻ったような気分になる。長い空白の時間を一時(いちどき)に埋めてしまうような、懐かしさ。
少女の上げた声に、彼はゆっくりと振り返った。
「……テレジア」
物見の塔の遥か上、見晴らし台の柱に凭れて遠い夜空を眺めていた少年の傍らに、テレジアは駆け寄る。地上の喧騒など我関せずといった面持ちの静かな空気。その中で落ち着いた声に名前を呼ばれ、不意に幼い頃に戻ったような気分になる。長い空白の時間を一時(いちどき)に埋めてしまうような、懐かしさ。