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聞き慣れた声が囀るように口にしたのは、耳慣れぬ音の響きだった。
「……かずい。どうしたの、急に」
わたしはその主を振り返る。視線の先にいた少女は、わたしと同じ顔をした、双子の、妹。ふたつに分けた三つ編みのお下げ髪がふわりと揺れる。
かずいはわたしと容姿を揃えたがるけれど、軍の施設に入ってからこちら、髪形だけは分けるようにしている。そうでもしなければ、一度二度しか言葉を交わしたことのない軍の人間がしばしばわたしたちを取り違えるからだ。
大陸方面への再度の先端拡大に伴って、軍部は、かつては護国の鍵として各地の社の中に置かれてきた導術士――西洋風に言う『マギ』――の軍での育成に力を入れ始めた。わたしたちもその一員として、この施設に集められている(表向きには協力している、という立場だ)。西洋諸国ではわたしたちと同じ年頃の娘が正規の軍人として扱われているという。優れた者では戦艦一隻にも匹敵するという能力。わたしたちは今は単なる軍属の身分だけれど、そのうち、と思う。
二本の三つ編みがかずい、一本がわたし。というのが暗黙の了解だ。(もっとも、最近はわたしの負傷が多い所為で、もうひとつの識別ができてしまったけれど)
時折、かずいはわたしの振りをして研究所付きの軍人たちを揶揄っているようだ。だが、わたしにはそこまでの愛嬌はない。
「わたしたちは双子なのだから、姉だなんて呼ぶ必要はないのに」
それを『姉様』だなんて勿体振った呼び方。今まではずっと『いちか』と名前で呼ばれでいたのに、その分だけ距離ができたような気がした。
思わず、咎めるような口調になっていたかもしれない。しかしかずいは不思議そうに小さく首を傾げただけだった。口許にうすらと浮いた笑み。宵色の瞳が幾度か瞬いて、改めてわたしの姿を映す。
そして彼女は、指先でわたしの首筋に巻かれた繃帯をなぞりながら言うのだった。
「だって、ここにいると皆がいちかの名前を呼ぶのだもの。でもいちかを『ねえさま』と呼べるのはかずいだけでしょう?」
赤道直下の南洋の空には、故国では地平の陰に隠れるはずの星が満面に鏤められている。洛春は昔読んだ本の、星座の名前を思い出していた。今日は月が明るい。その所為か、飛行場を狙う艦砲の音も、敵機の発動機が響かせる駆動音も耳にすることのない、静かな夜だった。ただただ、生ぬるい風が地面に籠った熱をかき回している。
半島の先、港を持つ都市に築かれた要塞基地は何処にいても潮の匂いをきつく感じられる。ここは元々皇国の南方攻略における一大拠点であり、東南の島々から『転進』してきた部隊も陸海問わず呑み込んで、更に肥大していた。
急拵えで増築された士官宿舎に彼が戻った時、その廊下、虫除けの網を張った窓の傍に一人の少女が佇んでいた。月明かりに照らされた白い横顔は、最近この基地に迎えられたばかりの、導術士 西洋風に倣うなら『マギ』 の一人のものだった。名を大和真保という。
すらりとした背筋の、姿勢のいい少女だ。凛とした立ち姿。軍務中は後頭部で一つにまとめられている髪も今は下ろされ、肩口から背中を豊かに流れている。月の光が輪を描く艶やかな長い黒髪が、頬にかかった一束を手の甲で払いのける仕種にさらりと微かな音を立てて揺れた。
彼女は大本営の秘蔵っ子、神州護国の要として中央に温存されていた姉妹の、姉の方だ。皇室にも近い華族の血筋に生まれ、本来ならば深い社の奥で神官を務める少女達。当世随一の魔法士と謳われる帝国の第三皇女ユーリャ=アレクサンドラ ゆら皇女にも匹敵する魔力を有し、並の導術士であれば十人束になっても敵わない、という。妹の静と共に、皇都にあれば下にも置かぬ扱いであろうに、このような南の島に送られ一戦力として扱われることになろうとは、彼女達自身も想像だにしていなかったに違いない。
けれどもはや、少女一人二人の出陣で戦局が覆るほどの甘い状況ではなかった。洛春ら航空隊の面々にとっても来襲する敵機の邀撃が主な任務で、攻勢に転じる機会がない。優秀な導術士の操る火力が戦艦一隻に値しようとも、そもそも彼女達を安全に洋上へ運ぶための艦(ふね)も機体も、燃料(あぶら)も我が軍には足りていなかった。第一、南方(ここ)まで無事に辿り着いたのが奇蹟のようなものだ。そのために、どれだけの挺身隊を犠牲にしたことだろう。
中央海の心臓ともいうべきテレサ諸島を陥とされ、帝国軍がそこに前線基地を築いてからというもの、輸送船団は内地から南方まで辿り着くまでにその多くが敵艦隊の襲撃に遭い、半数近くが沈められている。大規模基地のあるこの本島から最低限の人員や物資を周辺の小島に送り込むことさえ、月のない夜を選んで駆逐艦の機動力に頼っているような状態だった。
「大和君?」
声をかければ、少女はゆっくりとこちらを振り返った。若干目許にかかる程度の長さで切り下げられた額髪。双眸を縁取る睫毛は長く、黒目がちな瞳に濃い影を落としている。すっと通った鼻梁に赤い唇、やや幼さの残る面と大人びた雰囲気が相反して、不思議な魅力を醸していた。窓の桟にかけた細い指先には、およそ戦地に似つかわしくない整った形の爪が乗せられている。
飢えと病に苛まれる南方の劣悪な環境に身を置き、薄汚れた男物の軍服に嫋やかな肢体を包んでいてもなお、彼女のうつくしさは少しも損なわれることがないように見えた。侵すべからざる神性とでもいうのか、何処か他者を寄せ付けない、超然とした空気を備えている。
美貌の少女は、紗幕一枚隔てて世界を捉えているかのようなまなざしを洛春に向けている。淡い視線に、若干の居心地の悪さを感じた。
「ここの部隊には妹さんもいるね。混同するといけないから、下の名前で呼んでも気を悪くしませんか」
「構いません」
洛春の問いかけに、少女は若い娘らしからぬ静かな口調で答えた。感情を遠くに置き去りにしたような、何処か平坦な抑揚だった。
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真保は大和様……もとい戦艦大和が元ネタの子なのでどれだけ美少女らしく描写するかに腐心。
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