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未完成の言葉の欠片 / ※印は要注意orネタバレ / 二次はクリア後前提です
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cantarella

 食事の毒見をするのは、辺境から連行した異民族の奴隷だ。父皇はその旺盛な征服欲で順当に版図を拡大していっている。もはや古くからの大国・ローデシアに勝るとも劣らぬ領土を獲得し、恭順の証として差し出させた姫君の数は両手の指でも足りないが、今ではそのほとんどが家臣に下賜された。次から次を求める、まるで我儘な子供のような人だ。
 支配者というものはえてしてそうなのだろう。優秀な配下を振り回す駄々っ子、紙一重のカリスマ。血統に保持された威厳と続く戦勝という二つの魔法の効力が切れた時、人々は挙って鯨波を上げ彼を凱旋広場に引きずり出し、傲岸な為政者に断頭台の刃の粛清を浴びせるのだろう。そうなった時は己も道連れなのだ。   かつて最初の皇帝(シグルト)が旧主国の王にそうしたように。せめて、自分の生きている間にそれが起こることのないよう祈るしかない。
 テーブルの端に座るのは、名も知らぬ、言葉も通じぬ少年。南方から連れてこられたのかやや浅黒い肌を有し、丈の足りない粗末な服から伸びた両脚、その足首には枷が嵌められている。齢や背格好が己に近いのは毒の効きを勘案してのことなのだろう。醒め切った、無感情な、動かない硝子玉のような瞳をしていている。
 彼ら個人に特段の興味はないが、いつの頃からだったか、時折自室に呼んで食事の様子を見るようになった。己の代わりに死ぬ人間だ、という思いがある。最期くらい、暗く薄汚い下働き部屋の粗末な卓ではなく、柔らかい絨毯と豪奢な調度に囲まれて迎えさせてやってもいいではないか。
 人はそれを傲慢と呼ぶのだと思う。単なる自己満足であることはわかっている。
 これまでに毒見役は何人か代わったが、生憎と毒で命を落とした者はない。皆、悪質な環境と労働の末、冷たい石床の上で死んでいったのだろう。
「遅効性の毒ならどうしようもない。僕の皿にだけ毒が仕込まれているかもしれない。それより、僕は冷めた食事を摂りたくない」
 白い皿に飾り付けられた魚料理にナイフを入れながら、フィリップは言う。それに対してリディオールが微妙に気色を悪くする。
「ですが……毒味は皇后陛下からのお言い付けです」
「おまえは母上の従者か?」
「意地の悪いことを仰らないでください」
   銀食器が変色するのも系統が限られている。エッシェンバッハの曾孫娘ならその辺りは詳しいだろ」
 それも、純度の高い砒素ならば反応しないのだ。
 数多の毒を操り政敵を粛清して〈死の伯爵〉と恐れられ、その最期は自ら秘蔵の毒を仰いだものだったというフリードリヒ・フォン・エッシェンバッハ卿。五十年以上も前のことであり、今となってはその何処までが真実であったのかわからないが、彼が遺した蒐集品は確かに存在しており、その大半はフリードリヒの娘が嫁いだオークス家の手元にあるという。リディオールの言からするとそれは単なる流言ではないようだ。
 しかしカンタレラの昔ではあるまいし、現在では薬物の精製技術も上がり、その逆に検出技術も発達してきている。子供達の暗殺を過剰に恐れている母のたっての願いでなければ、わざわざ個別の毒味を置くなどしないだろう。
「兄上が生きていらっしゃる限りは僕がどうなろうと誰も気にしない。取り替えの利くただの駒(スペア)だ」
 彼は言って、切り分けた白身を口に運ぶ。
「皇子はいつも難しいことを考えていらっしゃるでしょう。そのうち天も墜ちますよ」
「おまえは単純でいいな」
「皇子の手足はものを考えて動きますか?」

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フィルとリディ
「皇子はシグルト様に似ていらっしゃいますね」
 不意に立ち止まったリディオールは小柄な肢体で精一杯背伸びをしながら、広間(サルーン)の壁の高くを見上げている。手の届かない位置、始祖の肖像画。
「シグルトを見たことがあるとでも言うのか?」
「絵姿に、です」
「……それは褒め言葉なのか? シグルトが美男子だったという記録は何処にもないぞ」
 フィリップは呆れ声で応える。彼女の視線の先の画布に写し取られているのは、世界に遍く轟いた『英雄』の名には程遠くも見える、細身の穏やかな青年だった。背を流れる銀髪を緩く三つ編みに束ねて、身に纏うものも当時の質素な普段着だ。
 父親殺し、革命の寵児、破壊と非道の征服者――自らの手で戴冠した最初の皇帝の若き日。この肖像を見て誰がそんな風に思うだろう。ほんの小さな歴史の歪みがなければ、ただの一田舎領主の子としてその生涯を終えたに違いないのに。何を思って、多くの犠牲を払ってまでこの帝国(くに)を打ち建てたのだろう。彼の血を引いているであろう自分にも、その内心(こころ)を推し量ることができない。
「けれどこの姿絵のシグルト様は、とても魅力的だと思います。お優しそうで」
 そう口にしたリディオールに対し、フィリップは意地悪く頬を歪める。
「リドはこういうのが好みか」
「そっ……そういう意味ではありません! そんな畏れ多い!」
「シグルトの皇后はオークスだったのだから、おまえにも皇后になる可能性はあったのにな。……その格好では無理か」
 子供っぽく頬を膨らませた彼女が身に纏うのは、小姓の装束だ。その身形からも立ち居振る舞いからも当代の淑女らしさというものは全く欠けていたし、一見すれば少年以外の何者でもない。
「いいんです。わたしはフィリップ殿下の従者ですから。ルイゼ妃よりメルヒオルの役の方がずっといいです」
「そしておまえも僕より先に死ぬ気か。オークスとは難儀だな」
 メルヒオル・オークスとルイゼ・オークス。ラディノフ公国の貴族階級であり、策謀により公国の中央を追われシグルトに味方してからは、彼を援け建国の功労者となった兄妹。妹ルイゼはシグルトの妻、最初の帝国皇后となり、兄のメルヒオルはヴァルファムの建国を見ずシグルトを玉座に就かせて自分は死んでいった。
「自己犠牲なんて馬鹿げている。死んでいく奴は満足かもしれないが、残された者はどう思う?」
「皇子はお優しいんですね」
 彼女が妙に大人びた顔で言うものだから、無性に腹が立った。
01 覚悟は出来ているか
「女?」
 思わず声を上げてしまったことを、フィリップは即座に後悔した。これでは何かを期待していたようではないか。
 十五の誕生日の翌日、母親に呼ばれた。護衛用の従者を付けるという。滅多と帝城の外に出ることもないのに護衛など大儀な話だと思ったが、婚約者だのなんだの相談ではなかっただけましだ。そうして部屋で待っていろという申し付けに、大人しく従っての事態がこれ。
 低く跪いて頭を垂れる人物に、連れてきた皇后付きの女官を介して「面を上げろ」と命じる。
「お初にお目にかかります、フィリップ殿下。リディオール・オークスと申します」
 男の型で流暢に礼をして、“それ”は顔を上げた。肩にも届かない、少し癖のある暗褐色の髪が顔の輪郭を覆うように揺れる。瞳は淡いライムグリーン。瀟洒な調度の揃えられた部屋の中、宮廷の流行を取り入れた小姓風の装束に身を包んで――だが女だ。顔立ちや細身の躰付きは、紛れもない。立ち上がらせると、同年代の男の中では小柄な方であるフィリップより、更に頭半分以上小さかった。
(リディオール……男の名前じゃないか)
 とはいえ、目の前に控えるのはやはり少女以外の何者でもない。
 よりにもよって『護衛』が女とは、舐められたものだ。勿論、皇妃や皇女には侍女を兼ねた女性の侍従武官が付く。けれど皇帝直系の親王に女の従者というのは、かつて聞いたことがない。年頃の息子に、寝所に侍る伽を宛がうのとは訳が違う。ここで拒んでは、母親の体面に傷を付けるだけだろうか。
 彼は心の中で舌打ちする。それが狙いか。拒否権はない。
「皇后陛下に言伝(ことづて)を。『お心遣い痛み入る』」
「承りました、皇子殿下」
 至尊の一族に対する恭しい礼をして、そつのない裾捌きで皇后の侍女は彼の部屋から退出する。扉の閉まる音も、ごく静かだ。
 残されたのは少女と自分の二人きり。午後の白い光が、窓硝子越しに射し込んでいる。
「直言許す。こちらへ来い」
「失礼致します」
 声をかけると、一礼して彼女は歩を進めた。先程退がった女官のような宮廷の女達の、女らしさを前面に押し出した優雅な仕種とは違う、媚びのない闊達な動作。少女の、というよりは少年のそれに近い。恐らく訓練されたもの。
「どうして女が僕の“従者”だ? しかもそんな男の格好で」
 フィリップの問いに、少女は澱みのない口調で答える。
「皇后陛下が、オークスから、と望まれました」そして小声で付け加える。「今上陛下には皇子(みこ)が大勢いらっしゃいますから」
 ……頭痛がする。
 彼の父親であり現在帝国を統べるツェーザル二世は、国外に植民地を拡大し続ける旺盛な支配欲と共に、『英雄色を好む』の言葉を体現したような人だった。即位前から連れ添っている正妃との間に、皇太子を始めとする五人の男子、更に三人の妾妃との間に女子も含め一人か二人ずつ。非公式なものも数に入れるとなると、きっともっと多い。今もフィリップと大して齢も変わらぬような若い寵姫を傍に置いているが、その女も子を宿したと聞く。お盛んなことだ、と相手は我が父親ながら呆れる。
 しかし、それが正妃である皇后ヴィルヘルミーネの悩みの種となっているのは事実だ。皇太子には長男のマクシミリアンが冊立されているが、継承権争いは絶えない。側室の皇子を擁立しようとする動きも、皆無ではないのだ。息子達の命を護ることが即ち、宮廷内での彼女の地位を護ることに値する。将来の国母として。
 だからこそ、護衛などということになったのだろう。中でも五将軍家の一つ・オークス家は、建国の祖シグルトの時代から、常に皇家と共にあった一族。最初の皇妃の血筋。だがまだ主を持たない男子は、オークスにはもういない。いてもまだ十に満たない子供だ。リディオールの二人の兄と従兄は、彼の三人の兄に仕えている。だから四番目のフィリップに対して、この少女にお鉢が回ってきた。全一に服(まつら)う民を従者に選ぶのは、皇后にとっては箔付けのようなものなのだ。他家から適当な男子を選べば、それで済むことであるのに。
「ご安心ください。わたしは女ですけれど、十人中九人の男には勝てますし、皇子のためなら残りの一人にも勝ちます」
 少女が口を開いた。
「どうやって、」
「ナイフは得意です。お見せしましょうか。それとも殿下の御前で切れ物をお見せするのは、失礼に当たりますか」
「見せてみろ。そうだ、あれを狙え」
と、彼は壁に据えられた洋燈(ランプ)を指差す。「失礼します」リディオールは小さく断った。
 そして顔を上げた、かと思った瞬間、焔が消える。まっすぐに差し伸べられた右腕。それを辿った先で、硝子に周囲を覆われた蝋燭の芯が、綺麗に切り取られていた。吸い込まれるように突き刺さっていたのは、錐のように細い刃だ。ごく間近で見れば、小さな罅だけが見て取れたことだろう。如何でしょう、と問うように淡い色の瞳がこちらを見る。
 暗器使いか。彼女は壁際までそれを回収しに行って、再び袖の中に収めた。
「それに体格では勿論不利ですけども、わたしには薬がありますから」
 そう言って、彼女はフィリップに笑いかける。
「意識ははっきりとしたまま筋肉の動きだけを低下させる薬とか、無味無臭食事に混ぜても決して痕跡を残さない睡眠薬とか、心臓発作に見せかけて死に至らせる薬とか、色々うちにはありますよ」
 朗らかな笑顔で、さらりと言ってのけるのが逆に薄気味悪い。〈皇統の影〉オークスの血筋に生まれ、毒薬を自在に操ったとされる〈死の伯爵〉エッシェンバッハ卿を母方の曾祖父に持つ、“筋金入り”というわけだ。
 どうせ、後継者争いにおいては歯牙にもかけられぬ若輩の身。護衛など不要な身上には変わりないし、母の勧めに従う振りをして形だけ置いておくことで彼女が満足するならそれでよい。男装とはいえ女なのだし、むさ苦しい男が四六時中傍にいるよりはましだろう。
「誓約を、受けていただけますか」
「……ああ」
 フィリップが頷くと、少女は今度も流れるような動作で跪いた。生まれつき皇家に頭(こうべ)を垂れることを定められた一族。多くを従えることに慣れた彼らとは、正反対の。
「御手をお貸しください」
 彼がぞんざいに差し出した右手を、リディオールは恭しく捧げ持つ。その甲に口接けて額の高さに掲げる。紡がれかけた誓いの言葉を阻むように、冗談めかして彼は口を開いた。最後まで仕える覚悟はあるか。
「死ぬまで?」
「死しても」
 一言、短く言った少女があまりにも鮮やかに笑うものだから、背筋がぞくりとした。
「我はあなたと共に生き、あなたと共に死の先を往く者。この身命を賭して殿下の楯となり剣(つるぎ)となり、我が命尽き、我が魂朽ち果てるまでお仕えすると、誓います」

(覚悟が足りないのは僕の方だと、そう知るまであと少し。)
 
↓の関連
「オークスは伽などしません!」
「でも拒まなかったじゃないか」
「それは皇子だからです。他の人間ならその前に殺してます!」
 舌を噛む、とかではないのか。普通の宮廷の女なら。やはり何処か螺子が外れているに違いない。
「他の“皇子”だったら、」
 意地悪く問う彼の言葉を遮るように、リディオールはすかさず言った。
「わたしにとって皇子はフィル殿下だけです」
100年くらい前
「皇后は二人目を死産してから子を生せない体になった。後は全員、皇帝陛下が他所で孕ませた、何処の馬の骨ともわからん子供だ」
「でも、皇子は皇帝陛下の血を――」
「それを知っているのは僕を産んだ女だけだろ?」
 褪せた銀灰色の前髪を透かした奥、濃藍の瞳を細めて少年は言う。リド、と彼女の名を呼ぶ。
「どうした、皇家の人間でなければ仕えられないか。身分賤しい売女の子に頭を垂れるのは、虫唾が走るか」
「……皇子は、実のお母上のことをご存知なんですか」
「顔も知らない。どんな女だったのかも。大方、皇后が金でもくれてやって、国外へ追いやったんだろう。それとも、もう死んでいるかもしれないな」
 
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