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未完成の言葉の欠片 / ※印は要注意orネタバレ / 二次はクリア後前提です
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11/04/09
『おまえなんか、生まれてこなければよかったのに!』
 目の前の昏い人影が、はっきりとそう宣告する。真正面からぶつけられる憎悪。負の感情の奔流。
 自分ひとりに向けて落とされる蔑みの視線が、鋭い針のように身を苛む。安っぽい紅を刷いた赤い唇に浮かぶのは、醜悪に歪んだ笑み。背中には、温かみの欠片もない冷えた壁の感触があった。ぐい、と掴まれた腕が、抜けそうに痛い。怖い、こわいよ。助けて   神様。
 誰でもいいから僕をここから出して。
『その薄気味悪い瞳であたしを見ないで』
『あんたの眼の色も、その力も、まるで化け物みたいじゃない』
 すぐ耳元で呪わしげな舌打ちが聞こえた。
 ぎゅっ、と身を竦めるように抱きしめた、痩せた身体の至るところに浮かび上がるのは、幾つもの青黒い痣。怯えた虚ろな琥珀色の瞳でのぞむ、薄汚れた天井には、突き抜ける蒼穹も天上に住まう神もない。
 あるのはただ絶望と、恐怖。
 狂乱した女の金切り声が耳にこびりついて離れない。だれ? いったいだれのこえ?
(これは不必要な波紋だ)
 肥大した自意識が見せる妄想。
 神様は来たよ。もう全ては神の御手に委ねられたのだから。
 意識に無理矢理介入するように。そう、彼は己に言い聞かせる。大丈夫、自分には何も見えていない。見えない。見えない、自分は何も知らない。
 執拗に打ち消す言葉。それでも否定しきれない確かな過去(じぶん)がある。
(……おかあさん)
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十章冒頭・没にした分
「気配を消して近付かないで」
「え?」
「もう少し人間らしく足音くらいは立てなさいな」
 柵の向こうに広がる遠景に視線を注いだまま、こちらをちらと見ることもせずに彼女は言う。素っ気無い口調の指摘に一瞬考え込み、そしてようやく意味を把握した。
「あ、ごめん」
 忠告に対し軽く謝ってから、視線を落としたヴァルトは自分の足元を見つめる。配慮が足りない。ここ最近、自分が感じているよりもずっと憔悴しているようだと思った。両の手をポケットに突っ込んだままトントン、と二、三度靴底で床を踏みしめるように音を立て、改めて白衣姿の金髪の女史に近付く。一からやり直しだ。
 彼らがいるのはヴィルノア基地の本部棟屋上だった。広大な基地の全貌を見渡せる開けた視界、頭上には雲一つなく高く澄んだ晩秋の空が広がる。晴天だ。基地の併設するヴィルノア市側を望めば、街路樹はすっかり赤や黄に色付いて、昼夜の寒暖差を物語っている。
 大陸の中でもやや北寄りに位置する帝都に比べれば、冬へと向かう気候の下り方は緩やかとはいえ、風は冷気を含んで、上着を身に着けていても少し肌寒い。
「俺、ぼうっとしてたみたい。すみません」
 もう一度謝罪の言葉を口にして隣に並ぶ。するとフレイアは小さな嘆息とともに彼の方へと振り向いた。険の強くも見える翠色の瞳も、今は出来の悪い弟に対するように半ば諦め混じりだ。事実、同年の妹を持ち己の父親の小さな『友人』でもあった彼女は、生まれてからこの方常に姉代わりのような存在だから仕方ない。
「自覚症状がない辺りで最悪よ。あなたの場合、基本(デフォルト)がそれというのも問題があるけれど」
「いや、だから悪かったって、謝ってるじゃないですかフレイアさん?」
「わたしに謝るより、これからは気を付けなさい」 
   っかりました。というか、どうしてあなた達は気付くんだろう」
 これではオークスの面目が立たない。屋上とその先を占める中空とを隔てる腰の高さほどの柵に対し、つっかえ棒のように腕を伸ばして言えば、「あなた、達?」と彼女は怪訝に眉を顰める。
「この前、ルーファス殿下にも怒られました」
「あなたが威嚇したんでしょう」
「ちょっと大人げなかったね」
「……呆れた」
 
09/03/20
 カタカタと小刻みに陶器の触れる耳障りな音がする。己の右側、斜に視線を上げれば、二十歳前後だろう、使用人らしいエプロン姿の娘が震える手で紅茶のカップを支えていた。慣れていないのかそれとも緊張の所為か、見ていて危うさを感じさせる手つきだ。その皿がテーブルに乗る前に零されては堪らない、思わず自分から手を出してソーサーごと受け取ってしまう。上品なアンティークのカップの中で、鮮やかに赤く透き通った液体が小さく跳ねる。
 はっ、と一瞬目を見開いた娘は、次に消え入りそうなか細い声で「申し訳ありません」と言った。伏せられた青磁色の瞳、フリルで縁取られた白いキャップから僅か零れる髪は鳶色をしていた。化粧っ気のない痩せぎすの面が映す血色は決してよいものとはいえず、美の範疇からは程遠いが、首筋の折れそうに華奢な様子が儚さを感じさせる。
「手を怪我しているの?」
 言葉をかければ、彼女は青白い顔を更に蒼褪めさせて、ときゅっと握った拳を後ろに隠してしまう。その拍子に手首の金属片が揺れた。
(番号札?)
 目を凝らそうとしたところで、それはひとつの声に遮られる。
「お優しいことですね、熾己殿下」
 そう口にするのは対面に座す青年だった。彼は言いながら、緩く波打つ淡い金の髪が左目にかかるのを、鬱陶しそうに払う。
「それともお医者の性、というものですか? 怪我人や病人を前におとなしくしてはおれない、」
 皮肉げに笑みを歪ませた口許。決して好意から発せられた言葉ではないのだ。
 西領総督カーラマインが嫡子、ユストゥス。帝国皇家と東西南北四領の総督家は祖(かみ)を同じくし、最初の皇帝(シグルト)の血を受け継ぐ。他国でいう公の家柄であり、歴代皇女の最も多い降嫁先でもあったのだから、血族としては遠縁に当たるのだろう。だが、こうして対面してみたところでその実感はない。
 強いていえば、面差しが僅かながら二人の兄に   年頃の所為か   似ている気がする。彼らの容姿はシュヴァイツァー伯爵家出身の前皇后(ははおや)譲りだというから、目の前の男にも同じく伯爵家の血が入っているのかもしれない。しかしうろ覚えの系譜を辿ったところで、自力では正解を見出すことはできなかった。世情に詳しいあの金髪の女医なら知っているかもしれないが。後で聞いてみよう、と思う。
 彼の言葉を聞き流す振りをして、熾己はひとたびテーブルに置いた紅茶のカップをもう一度手にする。その明るく澄んだ色合いと芳醇な香気から、ローデシア属領バラト南東部産のジャーナ茶葉を使っているようだ。ローデシアといえば、朝の起き抜け(アーリー・ティー)から夜寝る前(ナイト・ティー)までまさに紅茶に始まり紅茶で終わるような国で、かの王国は良質な茶葉を独占するためだけに、その産地であるバラト一帯を支配下に治めたとまで言われている。かつてのヴァルファムも茶輸出入の主導権を握るために何度か侵攻を繰り返したようだが、結局権益の一部を開放させただけで獲得には至っていない。
 ゆっくりとカップに口をつければ、温かみと独特の渋みを伴った味が広がる。ジャーナ茶葉はミルクティーに向いた品種だが、それなら好みの煮出し式で飲みたかった。
 眼差しを感じてふと顔を上げる。前方の窓硝子、己の後ろに人影が映っていた。給仕の娘が未だ背後に立っているようだ。
「何をしている。早く退がれ」
 彼が気付くのと時を同じくして声を発した主人(ユストゥス)の叱責に、娘は慌てて盆を抱えて一礼する。そして白いエプロンとロングスカートの裾を翻し、ドアの隙間から身を滑らせるようにして出ていった。静かに扉が閉まる。
 熾己は緩やかに視線を戻す。
 百年ほど前のエトルリアで栄えた前期サヴェリオ朝風の調度で揃えられている。装飾過多(デコラティヴ)で有名な意匠は、繊細で調和の取れたファルネーゼ様式に慣れた目には落ち着きのない内装と映る。
「今の彼女は?」
 カップをソーサーの上に戻し、熾己は自分の手首を示して言う。番号札を身に着けるなぞ、普通の下働きではないだろう。もしくは目の前の男がよほどの悪趣味か、だ。
「収容所(KZ)に収監されている囚人ですよ。メイドの数が足りないので、奉仕活動をさせる代わりにここで使っているのです」
鳴神
 ある初夏の一日。
 例年にない規模の雷雨に見舞われ、帝都は陰鬱な日を迎えることとなった。太陽は一度も空に顔を見せぬまま厚い雲の向こうに隠れ、辺りに立ち籠めるのはただ暗闇のみ。降りしきる雨の所為で気温も下がり、この季節には珍しいほどひんやりとしている。お陰で過ごし易いといえばそうなのだが、むしろ肌寒さを感じるほどでありがたくはない。
 夜が更けても雨はやむ気配を見せず、逆にその激しさをいや増すばかりだった。
 大粒の雨が窓の硝子(ガラス)を叩く音。厚いカーテン越しにも稲妻の迸(はし)る様子が見て取れる。昏(くら)い夜空を灼く閃光(ひかり)に続き、ほんの僅かな時間差で轟音が鼓膜を突いた。何処かに落ちたかもしれない。
「雷、とおくならないね」
 眠れない様子で熾己が言う。
 もう一時間は前にベッドに入ったというのに、眩しい稲光と轟く落雷の音に目が冴えるばかりで寝付けないようだった。貴石のような緋色の眼をぱっちりと開いて、少年は天蓋を見つめている。相変わらず瞼は落ちない。
 ずっとそんな調子で、時折ぽつりぽつりと言葉を交わすものの、余計に眠れなくなっては困るので会話には発展しなかった。
「母上は雷がにがてなの」ふと、思い出したように熾己が口にする。「だいじょうぶかな」
07/02/11
「あ、まっしろ」
 かじかむ手でカーテンを引くと、眼下に広がる世界は一面の白で埋め尽くされていた。雪はまだ絶えることなく天から注いでいる。このまま当分降り続けるのだろう。
「きれいだね。まぶしい」
 笑みを浮かべながら幼い少年がこちらを振り返った。緋色の睛は細められ、目映い光を滲ませた。
 白亜の至宝と謳われた帝城。遠く、城壁は雪に溶け込みそうな様を呈している。その向こうに広がる針葉樹の森や遥かに見える稜線も、そして吐く息さえただひたすら白い。
 それはまるでやわらかく鎖された死のようで。息苦しくなるほどの静謐がそこにあった。
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