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未完成の言葉の欠片 / ※印は要注意orネタバレ / 二次はクリア後前提です
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親世代話
「正妃を娶られるとか」
「ああ、そうらしいぞ」
 アルフレートの言葉に、書類をめくる手を止めず青年は答える。
 厳しい厚雲を追いのけるように太陽が空に顔を出し、やわらかい光が窓へと射し込む。帝城の一角、ここは国を統べる皇帝の執務室だ。季節はまだ冬の只中だが、部屋を飾る花が絶やされることはない。
 内政・外交を初めとする国事の諸問題への対応は、元老や貴族たちとの合議制を採っているが、最終的な決定権は全て皇帝にある。エアハルト――正式にはユーディリス四世と称されることとなった――が即位してからまだ三ヶ月と経っていないものの、先帝暗殺以後の空白や混乱もあり、彼はそれらの処理に忙殺されていた。休む間もなく、執務室と寝室の行き来だけで一日が終わる。
 各地の治水や都市計画に認証を与え、法と制度に不備の訴えあればその解消を図るよう促す。何も皇帝直轄領(アルメイア)ばかりの問題ではない。他の四領で手に負えなかった分も、帝都まで回ってくる。国政に早く馴染むため臣下の者に任せきりにはせず、自ら指揮を執っている。
 その傍ら、諸外国にも訪問して代替わりをお披露目する。国力的にはヴァルファムと同等、もしくはこちらの方が上でも、エアハルトは王者たるにはまだ若年だ。その上、皇太子として次期皇帝候補にあったわけではないから、周囲に名が知れていない。その二点もあり、また各国の現状を目の当たりにする意味でも進んで外遊を務めた。
 十九歳の新帝は精力的にそれらの公務をこなしていたが、何とも量が尋常ではない。側仕えか護衛紛いの不安定な立場で宮廷に置かれているアルフレートとて、その慌しさはわかる。
 それに加えて、降って湧いたような結婚話だ。
 だというのに全くの無関心の様子で、エアハルトは植民都市復興計画の認可を求める意見書に視線を落としている。
「どうしてそんな他人事みたいにおっしゃるんです」
 追加分の書類を執務机の上に並べながら、アルフレートは言う。
 浮き足立たれても困るが、我が身のことなのにそこまで興味がないように振舞われても戸惑う。しかもそれが演技ではなく事実となれば。
 そんなアルフレートの困惑を知ってか知らずか、彼は次の報告書を取り上げて光に透かしながら、豪奢な椅子の背に躰を沈める。そして気のない様子で口にするのだった。
「自分の意思とはかけ離れたところで進む話に、何故私が感慨など持てよう?」
 あ、と思わず声を出しかけて、慌ててアルフレートは口許を手で覆った。婚姻の話など、エアハルトよりも更に他人事である少年は、そのことに今まで思い当たらなかったのだ。今年十五になったばかりの彼にはおよそ無関係な話題だったから。
 上流階級の縁談など、そのほとんどが政略上のものだ。一国の主の婚儀ともなれば、ただ華燭の典を済ませてはい終わり、というわけにはいかない。その相手を決めるのも、誰を儀式に招くのかも、一種の政治問題――国内外を問わず勢力争いの一端なのである。特にエアハルトには既に母親がないから、婚家が最大の後ろ盾となるに違いない。
「早く身を固めろと元老(ジジイ)どもが五月蠅くてな。皇帝に妻(さい)がないのでは箔がつかず国外に面目が立たんのだと。私としては、あと十年ほどは独り身でいるつもりだったのだが」
 彼は深く息を吐いた。
「まあ、所詮生まれた時から既に定められている相手だよ。その時期が多少早まっただけだ。今更文句もつけられん。……しかし相手の令嬢も憐れなものだな。まともに言葉も交わしたことのない夫に、本意(ほい)ではなく嫁ぐなど」
「お相手はどちらの方です?」
「シュヴァイツァー伯爵家の長女だな。名はブリュンヒルトという」
 シュヴァイツァー家といえば、源流は帝国成立以前に遡る古い貴族の家柄だ。五将軍家やエアハルトの生母のブラウンフェルズ公爵家にはやや劣るものの、皇妃を輩出するのに何ら問題はない。かの家の当主は先々帝の信も篤かったし、嫡男は宮廷に出仕して重用されている。
「伯爵家にしては願ったり叶ったりでしょう。うまくすれば国母の家系になれる。ご令嬢のブリュンヒルトさまも、それを喜んでいらっしゃるかもしれませんよ」
「一族の隆盛に当人の意向は関係ないだろう。誰もが皆、権力志向と言うわけでもあるまい。現に俺は皇帝になどなりたくはなかったぞ」
「一般論です」
「可愛げがないな、アル。いつからそんな世間ずれしたことを口にするようになった」
 エアハルトのその言いざまに、むっとした様子でアルフレートは眉を顰める。そもそも、そんな愛称で呼ぶなと何度言ったらわかるのだこのひとは。全く、他人を揶揄うことを第一の旨としているのだから。
 彼はまだ幼い面に大人びた呆れの色を載せる。先日など、自分のことを尊称ではなく名前で呼べと言うのだった。しかしいくら命じられてもそのようなことできるわけがない。エアハルト自身はそれでよいとしても、誰かに聞きつけられた際、不敬として処罰を受けるのはアルフレートの方なのだ。
 彼が不服の意をたっぷりと籠めてそう言うと、青年は「子供のくせに頭が固いなあ」などと肩を竦めるのである。
「しかし、まあ、どちらにせよ反古にするわけにもいかないだろうからな。ブリュンヒルト嬢には申し訳ないが」
「陛下の方がおかわいそうです」
「やけに令嬢に点が辛いな」
 彼はアルフレートの顔をじっと見つめて、やがて軽く首を傾げた。
「何だ、妬いてるのか?」
「誰がッ!!」
「冗談だ、冗談」
 手をひらひらさせ、少年を宥めるように彼は口にする。全て至極真面目な表情で言うのだから質が悪い。
「……真顔で言わないでください」
 アルフレートは嘆息と共に口にして、肩を落とした。これ以上腹を立てても更におもちゃにされるだけだ。眉間に苦渋を刻んで、それでも何も言わず黙り込む。この齢で皺が増えたら彼の所為だ。
 しかし年下の従者の苦労を気にした風でもなく、エアハルトは淡々と言葉を繋いだ。
「いきなり湧き上がった話でもない。即位した頃からそれとなく窺わされていたしな。あちらも了承済だろう」
「どのような方ですか」
「随分昔に一度きり会っただけだからな。よく知らん。だが、美人だった記憶はあるぞ」
「それはよかったですね」
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