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未完成の言葉の欠片 / ※印は要注意orネタバレ / 二次はクリア後前提です
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01 覚悟は出来ているか
「女?」
 思わず声を上げてしまったことを、フィリップは即座に後悔した。これでは何かを期待していたようではないか。
 十五の誕生日の翌日、母親に呼ばれた。護衛用の従者を付けるという。滅多と帝城の外に出ることもないのに護衛など大儀な話だと思ったが、婚約者だのなんだの相談ではなかっただけましだ。そうして部屋で待っていろという申し付けに、大人しく従っての事態がこれ。
 低く跪いて頭を垂れる人物に、連れてきた皇后付きの女官を介して「面を上げろ」と命じる。
「お初にお目にかかります、フィリップ殿下。リディオール・オークスと申します」
 男の型で流暢に礼をして、“それ”は顔を上げた。肩にも届かない、少し癖のある暗褐色の髪が顔の輪郭を覆うように揺れる。瞳は淡いライムグリーン。瀟洒な調度の揃えられた部屋の中、宮廷の流行を取り入れた小姓風の装束に身を包んで――だが女だ。顔立ちや細身の躰付きは、紛れもない。立ち上がらせると、同年代の男の中では小柄な方であるフィリップより、更に頭半分以上小さかった。
(リディオール……男の名前じゃないか)
 とはいえ、目の前に控えるのはやはり少女以外の何者でもない。
 よりにもよって『護衛』が女とは、舐められたものだ。勿論、皇妃や皇女には侍女を兼ねた女性の侍従武官が付く。けれど皇帝直系の親王に女の従者というのは、かつて聞いたことがない。年頃の息子に、寝所に侍る伽を宛がうのとは訳が違う。ここで拒んでは、母親の体面に傷を付けるだけだろうか。
 彼は心の中で舌打ちする。それが狙いか。拒否権はない。
「皇后陛下に言伝(ことづて)を。『お心遣い痛み入る』」
「承りました、皇子殿下」
 至尊の一族に対する恭しい礼をして、そつのない裾捌きで皇后の侍女は彼の部屋から退出する。扉の閉まる音も、ごく静かだ。
 残されたのは少女と自分の二人きり。午後の白い光が、窓硝子越しに射し込んでいる。
「直言許す。こちらへ来い」
「失礼致します」
 声をかけると、一礼して彼女は歩を進めた。先程退がった女官のような宮廷の女達の、女らしさを前面に押し出した優雅な仕種とは違う、媚びのない闊達な動作。少女の、というよりは少年のそれに近い。恐らく訓練されたもの。
「どうして女が僕の“従者”だ? しかもそんな男の格好で」
 フィリップの問いに、少女は澱みのない口調で答える。
「皇后陛下が、オークスから、と望まれました」そして小声で付け加える。「今上陛下には皇子(みこ)が大勢いらっしゃいますから」
 ……頭痛がする。
 彼の父親であり現在帝国を統べるツェーザル二世は、国外に植民地を拡大し続ける旺盛な支配欲と共に、『英雄色を好む』の言葉を体現したような人だった。即位前から連れ添っている正妃との間に、皇太子を始めとする五人の男子、更に三人の妾妃との間に女子も含め一人か二人ずつ。非公式なものも数に入れるとなると、きっともっと多い。今もフィリップと大して齢も変わらぬような若い寵姫を傍に置いているが、その女も子を宿したと聞く。お盛んなことだ、と相手は我が父親ながら呆れる。
 しかし、それが正妃である皇后ヴィルヘルミーネの悩みの種となっているのは事実だ。皇太子には長男のマクシミリアンが冊立されているが、継承権争いは絶えない。側室の皇子を擁立しようとする動きも、皆無ではないのだ。息子達の命を護ることが即ち、宮廷内での彼女の地位を護ることに値する。将来の国母として。
 だからこそ、護衛などということになったのだろう。中でも五将軍家の一つ・オークス家は、建国の祖シグルトの時代から、常に皇家と共にあった一族。最初の皇妃の血筋。だがまだ主を持たない男子は、オークスにはもういない。いてもまだ十に満たない子供だ。リディオールの二人の兄と従兄は、彼の三人の兄に仕えている。だから四番目のフィリップに対して、この少女にお鉢が回ってきた。全一に服(まつら)う民を従者に選ぶのは、皇后にとっては箔付けのようなものなのだ。他家から適当な男子を選べば、それで済むことであるのに。
「ご安心ください。わたしは女ですけれど、十人中九人の男には勝てますし、皇子のためなら残りの一人にも勝ちます」
 少女が口を開いた。
「どうやって、」
「ナイフは得意です。お見せしましょうか。それとも殿下の御前で切れ物をお見せするのは、失礼に当たりますか」
「見せてみろ。そうだ、あれを狙え」
と、彼は壁に据えられた洋燈(ランプ)を指差す。「失礼します」リディオールは小さく断った。
 そして顔を上げた、かと思った瞬間、焔が消える。まっすぐに差し伸べられた右腕。それを辿った先で、硝子に周囲を覆われた蝋燭の芯が、綺麗に切り取られていた。吸い込まれるように突き刺さっていたのは、錐のように細い刃だ。ごく間近で見れば、小さな罅だけが見て取れたことだろう。如何でしょう、と問うように淡い色の瞳がこちらを見る。
 暗器使いか。彼女は壁際までそれを回収しに行って、再び袖の中に収めた。
「それに体格では勿論不利ですけども、わたしには薬がありますから」
 そう言って、彼女はフィリップに笑いかける。
「意識ははっきりとしたまま筋肉の動きだけを低下させる薬とか、無味無臭食事に混ぜても決して痕跡を残さない睡眠薬とか、心臓発作に見せかけて死に至らせる薬とか、色々うちにはありますよ」
 朗らかな笑顔で、さらりと言ってのけるのが逆に薄気味悪い。〈皇統の影〉オークスの血筋に生まれ、毒薬を自在に操ったとされる〈死の伯爵〉エッシェンバッハ卿を母方の曾祖父に持つ、“筋金入り”というわけだ。
 どうせ、後継者争いにおいては歯牙にもかけられぬ若輩の身。護衛など不要な身上には変わりないし、母の勧めに従う振りをして形だけ置いておくことで彼女が満足するならそれでよい。男装とはいえ女なのだし、むさ苦しい男が四六時中傍にいるよりはましだろう。
「誓約を、受けていただけますか」
「……ああ」
 フィリップが頷くと、少女は今度も流れるような動作で跪いた。生まれつき皇家に頭(こうべ)を垂れることを定められた一族。多くを従えることに慣れた彼らとは、正反対の。
「御手をお貸しください」
 彼がぞんざいに差し出した右手を、リディオールは恭しく捧げ持つ。その甲に口接けて額の高さに掲げる。紡がれかけた誓いの言葉を阻むように、冗談めかして彼は口を開いた。最後まで仕える覚悟はあるか。
「死ぬまで?」
「死しても」
 一言、短く言った少女があまりにも鮮やかに笑うものだから、背筋がぞくりとした。
「我はあなたと共に生き、あなたと共に死の先を往く者。この身命を賭して殿下の楯となり剣(つるぎ)となり、我が命尽き、我が魂朽ち果てるまでお仕えすると、誓います」

(覚悟が足りないのは僕の方だと、そう知るまであと少し。)

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フィルとリディその1。最後を付け足して再掲。お題形式で行こうかな、と。

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