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未完成の言葉の欠片 / ※印は要注意orネタバレ / 二次はクリア後前提です
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04/03/17
「だめだって、テレジア。西の塔には悪い魔女がいるって」
 そう言って、一人の少年が芝生の上を駆けていく少女に追い縋った。
 石造りの、高い灰色の塔。帝城の敷地内、一番西の隅にあって、外壁を覆うように濃い蔦がびっしりと絡み付いている。二人の行く先に聳えるこの塔は、古くから棲みついた魔女が夜な夜な怪しげな実験をしているとか、迷い込んだ子供が帰ってこなかったとか、色々と噂が流れていた。そういう曰くつきなのである。
 少女は少年―― 一つ年下の弟であるルドルフを振り返って、唇を尖らせる。
「何よ、ルディ。そんなこと信じているの?」
「だって……」
 気弱そうに反論するルドルフに、
「もし魔女がいたってこんなお昼間には悪さはしないわ」
 ぴしゃりと強気に言ってテレジアは歩調を速めた。
 細やかなレースを重ねた白い夏服のスカート、その端を軽くつまんで少女は軽やかに駆ける。艶やかに波打つプラチナブロンドの長い髪とあしらわれたリボンが、初夏の風に柔らかくそよいだ。ブラウスの半袖からすらりと伸びた腕の、白い膚(はだ)が焼けるのにも構わない。
 彼女はルドルフが引き止めようとするのも聞かずに、青々とした芝生を踏みしめていった。仕方なくルドルフはその後ろを追いかける。
 木々の向こうに、古びた塔が段々とその姿を現してきた。
 遠目に見ているよりもずっと古い。多分、城が築かれた頃から――もしかするともっと昔からここに存在するのだろう。山から切り出した大きな石を高く積み上げ、何年もかけて造られた塔。外から様子を窺うに窓は遥か上にあるだけだ。その中は一体どうなっているのか、と少女の好奇心を刺激する。本当に魔女が住んでいるなら、寧ろ会ってみたいというものだ。
 塔の周囲をぐるりと回ってみると、錆びた扉がひとつあるだけ。コツコツ、とテレジアはそれを叩いてみる。そうしていると、やっと追いついたルドルフが不安そうに後ろから声をかけた。
「本当に入るの?」
「本当よ」
「ほんとーーーに?」
「しつっこいわね」
 邪険そうに弟に言ったテレジアが、扉に取り付けられた輪っかを手前に引っ張ると、ほんの微かに動く様子を見せた。鍵はかかっていないようだ。テレジアは思い切って力を籠めて取っ手を引く。すると錆び付いたドアがギィィ、と軋む厭な音を立てた。そのまま精一杯の力で扉を開ける。少女の細腕にはその重さは応えたが、何とか子供一人分くらいは入れる隙間ができた。
 意を決して、彼女は体半分をその中に滑り込ませる。塔の内部は埃っぽい匂いがした。明かりは見えず、薄暗い。そして奇妙にひんやりしていた。見上げてみると、どうやら階段がずっと上の方まで続いているようだ。一度入り口まで下りてきたテレジアは、ルディ、と呼びかけて手招きする。
 恐る恐る、といった様子でルドルフが塔の中に足を踏み入れる。それを確認して彼女再び階段を上がっていった。

 石の階(きざはし)は何処までも続く。
 密やかな足音だけが空間に響く。
 ぐるぐると螺旋を巡り、途中、何度か足を止めて上方を仰いだ。しかし視線の先には冷たい暗闇があるだけ。周囲を支配するあまりの静けさに少し不安になってくる。
「ルディ……ルドルフ?」
 テレジアはそっと弟に呼びかけるが返事が戻ってこない。後ろを振り返って見ても、ついてくる様子が全くなかった。今まで聞こえていたのは、自分自身の靴音が塔の壁によって反響したものだったのだ。目を瞠って、テレジアは息を呑んだ。
「何よ、意気地のない子ね!」
 独り悪態をついて彼女は更に上を目指す。
 そうしてどれくらいの間昇っただろう、そろそろ息も切れ始めたその時、微かな光がちらちらと漏れているのが目に入った。疲れていたのもすっかり忘れて、彼女は残りの石段を駆け上がる。
 その先には半開きの木の扉。呼吸を潜めてテレジアは向こう側を覗き込み、中の様子を窺った。
 誰かいるのかは判らない。けれど灯りは見えた。
 ということはひとがいるのだろう。
 そうっと、音を立てないようにテレジアはドアを引いて開ける。壁にかけられた蝋燭には火が点(とも)され、焔が揺らめく度に濃く地面に落ちた影も大きく揺れる。足元には上質の絨毯(じゅうたん)、その上には古めかしい書物が散らばっていて、それら全てがレトロな雰囲気を醸し出していた。何百年も前の景色のようだった。彼女の目には珍しいものが、ここにはたくさんある。
 本を踏まないようにして、彼女は更に奥へと歩みを進める。この部屋には本棚が多い。書斎らしい。時折、長く伸びた影に驚いて声を出しそうになった。その度にテレジアは慌てて口許を掌で塞いだ。
 きょろきょろと辺りを見回しながら、隣室へと続く扉をくぐる。
 こっちの部屋はまるで実験室だ。テレジアは思った。
 ちゃんと電燈があって、水道も通っているよう。生活感が窺えないのと、書籍が多いのは先程の部屋と同じだったけれど。
 試験管やフラスコの並ぶテーブルの向こうに足を踏み入れた瞬間、目にしたのは天井に揺らぐ影。迫りくるようなそれに思わず後退(あとずさ)ったテレジアは、突然耳に入ってきた物音に、びくり、と躰を震わせる。怖々ながら声を出して呼びかけてみる。
「だあれ?」
 応答はない。
 音のした方に、彼女は更に歩いていく。
 一歩一歩、ゆっくりと踏み出すと、何となく人の気配が近付いているような気がした。確かに誰かいる。テレジアは虚空に向かって再度呼びかける。
「……魔女さん?」
「残念、僕は男だ。魔女にはなれないよ」
 背後から少年っぽさの残る声音がした。驚きのあまり言葉も出ず、はっ、と慌てて振り向いた彼女の目の前で、回転椅子がくるりと回る。そして声の主が姿を現した。それを見て、彼女は翠色の瞳を大きく見開いた。そこにいたのはどう考えても十代の半ばから後半くらい、少年と呼んで差し支えない年頃の、歴(れっき)とした人間だった。残念ながら、彼の言葉通り〈魔女〉の類(たぐい)とは思えない。
 しかしそうでないと判ると、急速に不安がっていた自分に苛立ちが募ってきた。やっぱり魔女なんてものは存在しないのだ。
 そんなテレジアの様子などお構いなしに、彼は折り曲げた片脚を椅子の上に載せて、膝に凭れるように重心を傾けている。彼女は少年の目の前に立ち、きゅ、眉の根を寄せると、
「お行儀が悪いわ」
 腹立ち紛れに口にした。
 すると彼は片眉を微妙に上げて、
「それは君の方だ」
 他人(ひと)の部屋に勝手に入り込んで何を言う、とばかりにすげない言葉を返す。それは至極もっともなことだった。彼からしてみれば、テレジアの行動は不法侵入以外の何物でもないのだから。
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