未完成の言葉の欠片 / ※印は要注意orネタバレ / 二次はクリア後前提です
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2026.04.04 Saturday
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BABEL II - 2
2008.10.21 Tuesday
半ば逃げ出すような形で〈女王〉の館を後にし、薄暗い路地裏で彼はコートに包まれた躰を震わせる。あのままでは精気まで吸い取られかねないところだった。女は恐ろしい。短く舌打ちして、クリスはポケットに手を突っ込む。ここはおとなしく自宅(うち)に帰って寝直すべきだ、そうしよう。灰色の天を見上げて彼は自分に言い聞かせるように独りごちた。
陽の射さない界隈を行くには、薄手の羽織ではやや厳しい。夜の間の方がまだ暖かかったくらいだ。
ここ第五都市(エリヤ)では、四季の別は僅かしかなく、一年を通して荒涼とした気候が続く。よくて晩秋、厳しければ冬の寒さで、春や夏といった季節はもはやこの地から失われてしまったようだ。重たい雲に覆われた空に太陽はめったに姿を現さず、たとえ珍しく顔を覗かせたとしても、視界の大部分を占める威圧的な尖塔の輪郭線が射光の多くを遮ってしまう。
コートの前を掻き合わせて、彼は歩き出した。
今の時間ならまだあのお嬢さまも帰っていないだろう。一本約三時間のシリーズ映画を計六本、単純計算でも十八時間かかる。不眠不休の耐久視聴レースをするわけでもなし、そこにおこさまの睡眠時間を算入すれば最低でも二日仕事だ。
(よくもまあ……飽きないな)
戒音にとっては初鑑賞だろうが、アーチィにしてみればもはや何度目かわからない。一度付き合わされかけたことがあるが、データだけいただいて鄭重にお断りした。
彼の遺産(アンティーク)好きはそれはもう年季の入ったもので、第二層を出奔する前、それこそ子供の頃からの趣味らしい。ここ第一層の文化水準に照らし合わせれば、そんな旧文明の置き土産が残されていること自体想像もつかないし、娯楽の統制された施政者階級の目に触れることもない。が、件の塔の中に勝るとも劣らぬ裕福さを誇る第二層、外の世界(アウター)ではそれが当たり前であるのだろう。どのようにしてかは知らないが まあなんであれ非合法な形であるには間違いない それらのデータをアーチィは今でも蒐集している。
例のずんぐりとした彼の自作自律機械(エマニュエルさん)も、元はといえば古い映画の中に登場するロボットがモデルだ。しかし冒険活劇の中に描かれていたフィクションは、相変わらず今もフィクションのままで、現実には宇宙旅行はおろか、大陸間移動もままならなくなった。
カタストロフを迎えた世界は大きく分断された。崩壊後を生き残った人類はそれぞれ地理的に孤立した十二の都市と僅かな居住区(エクメーネ)にしがみつき、あとは暗黒の絶滅地帯(アネクメーネ)が何処までも広がるばかりなのだ。
第五都市・エリヤの中でもそれは同じようなもので、〈塔〉とそれを取り囲む第一層、さらにその外に広がる第二層は大きく断絶している。〈塔〉は言わずと知れた施政者たち つまり第五都市の支配階級の居所であり、その基底部を取り囲むように円周状に寄り添い、区画のほとんどを〈塔〉の日陰に占められる第一層は貧民の住処。そして第二層は例えれば郊外、中産中流以上である市民階級の人々が住まう街だ。お互いの行き来は、数少ない例外を除けば、できない、ということになっている。少なくとも、第一層の人間が〈塔〉や第二層に出向くことのできる可能性は、万にひとつかそれ以下だろう。〈塔〉の門では血の選別、第二層の手前には高い壁が立ちはだかっている。どちらも浮浪の民を寄せ付けたがらない。その隔てを超えられるとしたら、商品となって買われていくか、下手をすれば内臓(パーツ)となって出ていくか、だ。
ここで生まれ、また、ここに流れ着いた者は、ここで生きていくしかない。どこにも行けない。二つの楽園に挟まれた掃き溜めのような下層の街、歩みを止めぬままそう思う。
陽の射さない界隈を行くには、薄手の羽織ではやや厳しい。夜の間の方がまだ暖かかったくらいだ。
ここ第五都市(エリヤ)では、四季の別は僅かしかなく、一年を通して荒涼とした気候が続く。よくて晩秋、厳しければ冬の寒さで、春や夏といった季節はもはやこの地から失われてしまったようだ。重たい雲に覆われた空に太陽はめったに姿を現さず、たとえ珍しく顔を覗かせたとしても、視界の大部分を占める威圧的な尖塔の輪郭線が射光の多くを遮ってしまう。
コートの前を掻き合わせて、彼は歩き出した。
今の時間ならまだあのお嬢さまも帰っていないだろう。一本約三時間のシリーズ映画を計六本、単純計算でも十八時間かかる。不眠不休の耐久視聴レースをするわけでもなし、そこにおこさまの睡眠時間を算入すれば最低でも二日仕事だ。
(よくもまあ……飽きないな)
戒音にとっては初鑑賞だろうが、アーチィにしてみればもはや何度目かわからない。一度付き合わされかけたことがあるが、データだけいただいて鄭重にお断りした。
彼の遺産(アンティーク)好きはそれはもう年季の入ったもので、第二層を出奔する前、それこそ子供の頃からの趣味らしい。ここ第一層の文化水準に照らし合わせれば、そんな旧文明の置き土産が残されていること自体想像もつかないし、娯楽の統制された施政者階級の目に触れることもない。が、件の塔の中に勝るとも劣らぬ裕福さを誇る第二層、外の世界(アウター)ではそれが当たり前であるのだろう。どのようにしてかは知らないが
例のずんぐりとした彼の自作自律機械(エマニュエルさん)も、元はといえば古い映画の中に登場するロボットがモデルだ。しかし冒険活劇の中に描かれていたフィクションは、相変わらず今もフィクションのままで、現実には宇宙旅行はおろか、大陸間移動もままならなくなった。
カタストロフを迎えた世界は大きく分断された。崩壊後を生き残った人類はそれぞれ地理的に孤立した十二の都市と僅かな居住区(エクメーネ)にしがみつき、あとは暗黒の絶滅地帯(アネクメーネ)が何処までも広がるばかりなのだ。
第五都市・エリヤの中でもそれは同じようなもので、〈塔〉とそれを取り囲む第一層、さらにその外に広がる第二層は大きく断絶している。〈塔〉は言わずと知れた施政者たち
ここで生まれ、また、ここに流れ着いた者は、ここで生きていくしかない。どこにも行けない。二つの楽園に挟まれた掃き溜めのような下層の街、歩みを止めぬままそう思う。
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