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未完成の言葉の欠片 / ※印は要注意orネタバレ / 二次はクリア後前提です
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11/09/24

「あのような小娘、ましてや東の蛮族を本気で后に入れられると?」
 帝城の一角、皇帝の執務室。落ち着いた調度に囲まれた室内とはそぐわぬ、怒気に荒んだ声が響き渡る。部屋の主に詰め寄るのは保守派の高位貴族だ。
「既に決まったことだ」
 机を取り囲む男達の問いを、皇帝はすげなく突き撥ねる。
「現に彼女は東国からはるばるこちらまでやってきているのだし、そもそも、一国の女王を手に入れたと喜んでいたのは卿らの方ではないか」
「その『女王』があのような幼い娘だと、我々は聞いておりません!」
「俺だって聞いていない」
 執務机の上に両肘を突き、嘆息を零しながら彼は口にした。互いの利益のためには言葉も話せぬ赤ん坊とでも華燭を挙げるのが政略婚の習いとはいえ、実際に誰がそれをするのか考えてみろ、と言いたい。斜め後ろに控える従者にちらりと視線をやるが、青年は澄まし顔で我関せずを通している。
 長らく鎖国体制を敷いていた極東の神秘の小国と、正式な通商条約を結び国交を開始したのが数年前。両国友好の象徴として、先だって大洋を渡って嫁してきた慶紹国の『女王』は、どう見積もっても十代の半ばを過ぎぬ   東洋系は幼く見えるというから、実際はもう少し上なのかもしれないが   少女だった。小柄な、初等学校の生徒ほどの背丈で、結い上げもせず背に流した長い黒髪や切り揃えられた額髪が余計に稚さを助長させている。直接言葉を交わした彼自身が、女王の傍仕えの童女かと勘違いしたほど。
 友好と言えど、国力の差は目に見えたもの、恭順の証左として寄越させたようなものだ。それと引き換えに帝弟が慶紹国へと渡ったが、彼は妾腹であり蟄居を命じられていたも同然の人間、体よく国外へ追い出したように見られていることだろう。
 慶紹に赴いた外交官達は、社の奥深くに住まう『女王』の姿を一度も目にしていないという(同国の高官の前にさえ滅多と姿を現さないという予見の巫女姫が、どうして異国の人間である彼らに顔を見せようか)。みすみす主上を差し出すことをよしとしない慶国の意地で、替え玉を謀られていたとしても、それを証明する材料を帝国側は持ちえない。
「慶国に誑かされたのやもしれませんぞ、陛下」
「どういうことだ?」
「慶国の女王、未来視(さきみ)の巫女やらという触れ込みもこうなれば怪しいもの。……いや逆に流石は東夷というべきか、あのような小娘に国政を任せるような愚昧を冒すとは、何とも辺境の蛮族にしか考え付かぬ暴挙ではありませんか」
「アル」
 ふわりと影が動いたのと、至上の主が短く言葉を発したのは、ほぼ同時だった。常の様相を知らぬ者からすれば、皇帝が配下をけしかけたように見えたかもしれない。
 だが、幾許もしないうちに彼らはそれが制止の言葉と知る。
 喉元に突き付けられた隠しナイフ。薄皮一枚上に煌めく銀色の鋭い切っ先に、唾を飲み込むことすらできず突っ立っている。まるで薄氷の上に知らず足を踏み入れたような面持ちだった。前に進むことも、退くこともできない。硬直したまま、ひたすらに救いを求めるような視線だけを皇帝へと向ける。
「やめろ、アル」
 重ねての主の命(めい)も抑止力にはなりえず、アルフレートは暗器を握る手に力を籠めた。息のかかるほどの至近距離、茶色の双眸に、憐れみを覚えるほど恐怖に怯えた蒼白な面を映す。
「ファインハルス伯、陛下の娶られる皇后を悪し様に言うということは、引いては陛下への侮辱をなさるお覚悟と見てよいか」
「な……っ!」
 男はそれきり言葉を失った。そしてよろめくように後退ったのを、アルフレートはとどめることはせず、ただ殺気とも怒気ともつかぬ硬質な眼差しを向けている。矛を収める気配はない。
 皇帝は再度嘆息とともに手を振り、言う。
「これ以上アルを怒らせるのは卿らにとっても得策とは言えんぞ」
 そして付け加えた。
「それに、彼の国には今、俺の弟がいることを忘れないでくれ。わかったなら一旦退がれ」


 貴族達の退室を見送ってから、アルフレートは袖の中に細身のナイフをしまった。暗器使いの姿を眺め、皇帝ユーディリス四世   エアハルトはしみじみとした口調で言う。
「おまえは相変わらず短気なのがオークスとして致命的だなあ」
 外敵に対しては常に冷静沈着、冷酷無比たるべき皇家の番人、帝国の藩屏たるのがオークスではなかったか。だというのに、彼ときたら帝城で初めて出会った小柄で少し横柄な十四の少年と、『よき臣下』の皮を被ることを覚えた以外は、実のところ全く変わりない。恐らく自分以外の誰も与り知らぬ   或いは早くに亡くなった彼の細君も気付いていたかもしれない   その一面。
 呆れを含んだ冷ややかな眼差しをこちらに投げて、己より五つ年下の青年は言う。
「陛下がお怒りにならないから、私が代わりに怒っているのです」
 だからといって怒りの矛先をそのまま自分に向けることもない、と思うのだが。口には出さず、執務机に頬杖をついたエアハルトは諸侯の立ち去っていった扉の方を見やる。
「この程度で腹を立てていても詮無いだろう。あの手の輩は何かにつけ文句を言わずにはおれんのだ」
「ですが陛下」
「それに、おまえが怒ってくれるのを知っているからな!」
 磊落に笑えば、アルフレートは物言いたげに胡乱な視線を寄越してくる。冗談の通じない奴だ。ふう、と息を深く吐いて、エアハルトは椅子の背に深く体を沈めた。
 国家の体面のために後添えを勧めておきながら、もしあれが隣国ローデシア王家の人間であれば仮想敵国の血を皇家に入れるのかと言い、帝国市民の娘であれば受領が身分を弁えろと嘆き、子爵男爵の令嬢であれば先の皇后より階級が劣ると難癖を付けるに違いない。
「大体、今更先后と釣り合うだけの身分のある室を迎えてみろ、国が荒れるぞ」
 病で亡くなった先の皇后ブリュンヒルトとの間には既に二人の男子があり、嫡男は立太子されている。彼女はシュヴァイツァー伯爵家の出身で、本人は没したとはいえ帝国初期から続く古い家柄のこと、実家の権勢は未だ盤石だ。そこに、それと同等以上の後ろ盾を持つ后を迎え、男児が生まれでもすれば、後継者問題は必至だった。
 エアハルトの父親であるフェルディナント帝は長男ジークリートを皇太子に冊立したにもかかわらず、正妃の末の子として生まれたエアハルトを特に可愛がったから、一部の貴族の中には彼を担ぎ上げようとした者がいなかったわけではない。父に全くその気がなかったにしろ、ひたすら長兄に敵意のないことを示し、宮廷から遠ざかるよう放蕩物の末子を演じていた日々は事実だ。肉親同士の血を血で洗うような争いは御免蒙りたかった。
 その上、どの血筋から后を受け入れるかも問題だ。ブリュンヒルトは貴族の家柄、また先帝も同様であったから、そうなれば次は五将軍家のいずれかから、となるのだろう。ガーラントの姉妹は既に他家に嫁いでいるし、オークスには実質アルフレートとその息子を残すのみ、カールスバートの二人の娘はまだ十にも満たない年齢だ。他の二家にも、年頃の未婚の娘がいるという話は聞かない。
 その点、貢物の少女は都合がいい   と言ってしまうのは酷だろうが。慶国との力関係はこちらが有利、多少の不満は黙殺することができる。
「女王であろうとなかろうと、大事な客人には違いない。それなりに教養のある娘だということに間違いはないからな」
 東方と西方、文化は違えど、見せる所作や立ち居振る舞いから相応の教育を受けた少女であることは窺える。今は市井から呼び寄せた娘に通訳を兼ねて   東言を話せる者はこの国では限られているのだ   帝国語の教育を任せているが、その飲み込みも早い。帝国流の所作も素直に吸収している。
「それとも試すか。〈未来視の巫女〉とやらの力を。それが本物なら文句はあるまい」
「予見を、させるのですか?」
「ああ。明日の天気でも占わせてみるか?」
「……あなたはいつもご冗談ばかりですね……」
「そう褒めるな」
「呆れているんです」
「知っているよ」
 だからと言って、今後の政局など予見させたのでは結果が判明するまでに大層時間がかかる。そもそも、〈未来視〉の能力は随時行使できるものなのだろうか。歴史書を繙けば大概、巫覡の類は儀式の神憑り状態で預言をその身に降ろすものだが、生憎と慶紹の巫女に関してそこまでの情報は持っていない。
「しかし、ここで送り返せば娘の体面に泥を塗るだけだろう。政略婚とはいえこれも外交だ、慶国との仲にも罅を入れかねん」
 折角築いた新興国との縁を、ふいにするのも考え物だ。金を産む未知と不可思議の国、東方での足掛かりにして切り札。長きに渡って鎖国状態を取っていただけあって、まだまだ見えないポテンシャルを秘めている。他国が触手を伸ばす前に、一足早く強い繋がりを持てたのは僥倖だ。
「世継ぎの問題は心配ないのだから、別に『夫婦(めおと)ごっこ』でも俺は構わんが」
「あの娘の方が可哀相でしょう。まだ花も実もある年頃でしょうに、三十路を超えたあなたに嫁がされるなんて」
「おまえは本当にさらっと失敬なことを言うな。傷付いた」
 歳なんてあっという間に喰うんだぞ、不服げに呟いて、彼はうなだれる。
「……まあ、何だな、あの娘、頭はいい。それにおまえに似ている」
「どういう意味です?」
「揶揄い甲斐があって楽しい」
「陛下……」
「気に入った、ということだよ」



「……で、実際はお幾つなのです。通詞の振りなどなさって、色々とお話しされているのでしょう」
「知らん」
「は?」
 問いかけに返されたのは意外な言葉だった。アルフレートは首を傾げる。
 東方貿易に携わる商家の娘を通訳として宮廷に召し上げたかと思えば、彼自身も同じように装って将来の皇妃に接しているのは知っている。付け焼刃の東言のはずだが、意外と流暢に話すのだ。
 アルフレートと一番初めに出会った時と同様だ。彼なりの人の手懐け方なのだろうと思うと、当時のことが脳裏に去来して頭が痛くなりそうだ。あの頃も、実母の家系である伯爵家の庶子などと偽って、あちらこちらに飛び回っていた。皇帝である身分を隠して一貴族として触れ合う遊びに、付き合わされるこちらの身にもなってほしい。いつ何時、真実が発覚しやしないかと、肝を冷やしている。そちらの方がよほど外交に罅を入れかねない。
 けれどエアハルトはそんな彼の不安など意に介さないように、快活に言うのだった。
「十二、三の子供でも厄介だし、見かけに反して婆さんでも困るだろう。怖くて聞けん」
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