未完成の言葉の欠片 / ※印は要注意orネタバレ / 二次はクリア後前提です
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2026.04.04 Saturday
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仲悪い組(1)
2005.05.17 Tuesday
折角なので、前にCGI風葬で書いてたもの。本編の時間軸とはパラレル。
今見返すと本編より熾己が弱気だ。
今見返すと本編より熾己が弱気だ。
================================================
「どうして戦わなくちゃいけないんだろう」
発端は熾己のその一言だった。
その時三人がいたのは、西領南部の基地の一室だ。第三資料室、とのプレートが掲げられたそこは公開文書の類が収められており、また小さな図書室の役目も果たしている。軍の書館や資料庫としては別に規模の大きいものがあるが、場所的な便利さからそこを利用する者も多い。
窓から吹き込んだぬるい風に、広げられていた軍事史のノートのページがぱらぱらと捲れ上がる。紙の上を流暢に滑る万年筆の先が、時折乾いた音を立てた。
彼らが囲む机の上には、積み上げられた数冊の教本。それら全ては軍事の知識に乏しい熾己に対する課題だった。キースやアシュレイにとっては士官学校時代の復習だが、熾己の目には見慣れぬものも多い。だから妥当な勉強相手として、年号の覚え方や定式の暗記方法なんかを伝授したり、解説を加えたり――といってもキースは他人に教えるのは苦手なのだが――している。
そんな中で、熾己にしてみれば無意識のうちに何気なく零しただけに違いない。
けれど彼の対面に座り黙々と物理を解いていたアシュレイは、ふと顔を上げると左眼を軽く眇めた。そして口を開く。
「熾己様、あんたバカですか?」
低く放たれた言葉。それに対し熾己が声を出す間もなく、アシュレイが机ごしに身を乗り出す。そしてすい、と水平に腕を伸ばした。手にしたペンを軽い仕種でくるりと反転させて、その頭の部分を喉元に突き当てる。
その行為に、それまではひたすら傍観を決め込んでいたキースもさすがに血相を変えた。二人の間の微妙な緊張感は昨日今日に始まったものではなかったし、家では強気な姉と家族親類の口論はしょっちゅうだった――まあ、そもそもの原因は門限だったり行儀だったり些細なことなのだが――から、一番立場の弱い末っ子の処世術として他人の喧嘩に口を挟まないことくらいは心得ている。
しかし今回ばかりは程度が悪い。いき過ぎだ。慌てて机に両手をつくと椅子から腰を浮かせた。
「ちょっ……アシュレイ!」
「キースおまえは黙ってろ」
制止のために上げられた声を軽く一言(いちげん)のもとに切り捨てて、アシュレイはまっすぐに熾己を見据える。
「さあどうします。話し合いで解決しますか」
押し付ける指に一層力を籠めた。
おとなしく恭順するか、それとも抵抗するか。西領の叛乱になぞらえてそれを試しているのだ。
熾己は視線をそらすことも言葉を発することもなく、唇を噛んだまま彼の手を乱雑に払いのける。勢いでアシュレイの手の中から零れたペンは、そのまま床に投げ出され、からからと乾いた音を立てて転がった。
「ほらね」
その反応を、せせら笑うように彼は眺める。そして落とされたペンを拾い上げる。トン、と軽くペン先でテーブルを叩いた。
「目前の脅威を殲滅するのが俺達の仕事」
「でも彼らにだって言い分が」
「それを聞くのは統治者(あんたら)の仕事。だからこの期に及んで馬鹿なこと口にしないでください。あらかじめ話し合いをしておかなかったから、こんな事態になったんでしょ。結局俺達は、あんたらの失敗の尻拭いをしてるんですよ」
非難とともに目の前に突きつけられたペンをよけて、熾己は言う。
「……僕は、治世には興味がないし、国の政治に関わるつもりもない」
何よりも、本人が関わろうとしても周囲はそれを許さないだろう。外交の駒とされることはあっても、内政への関与は端から期待されていない。混血であり第三子である自分の立場が、帝国の中で微妙なものだということくらい、熾己自身も心得ている。
そして彼はそれ以上の議論を打ち切るように、立ち上がって踵を返そうとした。だが。
「そうやって逃げるんですか」
この場から――そして責任から。
俯いたままの熾己がぴたりと歩みを止めた。拳がぎゅ、と固く握り締められる。そんな彼の後を追うように、背中に嘲りにも似た言葉が投げかけられる。
「少尉んとこ行けば慰めて甘やかしてくれますもんね」
「なにを……っ」
ばっ、と勢いよく振り返った。凍りついた表情。視線がぶつかる。
「違いますか?」
「違う」即答して、熾己は椅子に座ったままのアシュレイをまっすぐに見下ろした。一方のアシュレイはふうん、とあからさまに気のない返事をする。そして再び問題集に目を落とした。わざと怒りを誘おうかとするような態度だと、はらはらしながらキースは思う。どう見ても挑発している。
熾己にしてみても、そんな態度を取る相手は初めてだろう。多かれ少なかれ、帝国の誰もが皇家に対する――熾己本人に対してかどうかはともかく――尊重の念は持っているし、そうでなければ遠巻きに見るだけか、徹底的に関わり合いにならない。
それを、真正面から挑むような姿勢で臨むなど。普通に考えれば正気の沙汰ではない。熾己の意向如何によっては、下手をすれば不敬罪だ。
それにも拘らず、彼は更に言葉をつなぐ。
「あんたが優遇されてるのは、血筋の所為でも特別な人間だからでもない。本来は責任の代償なんです。解ってますか? そこから逃げるなんて自分の義務を放棄するのと同じですよ」
「………」
「何か言い返してくださいよ。ちっとも面白くない」
退屈そうにページを繰るアシュレイに対し、返答を喉の奥に詰まらせて、熾己は黙ったままでいる。
「あ、あのですね、熾己様。今日はもう終わりにしましょ」
剣呑な空気をまとわせているアシュレイと、沈黙してしまった熾己の間に割り入るようにして、キースは体を滑り込ませた。これでは一方的な弱い者いじめみたいだ。熾己の前に掌をひらひらと振って、意識を自分の方に向けさせる。彼は少しだけ顔を上げた。
珍しい赤い色の瞳は、暗く翳りを帯びているように見えた。
「ね。だから外に出ましょう」
促して、彼は軽く熾己の肩を押す。くるりと回れ右をさせると、その足で資料室の外へ連れ出した。熾己は小さく頷いて、言われるがままについてくる。
扉がきちんと閉まったのを確認して、彼は声を出した。
「熾己様、お願いですから怒らないでくださいね。アシュレイ、いつもはあんな奴じゃ……いや、ちょっと……だいぶああいうところもあるけど、その、別に悪い奴じゃないんです」
「……うん」
「あいつのことは後で俺がしっかり叱っておきますから! 気にしないでください!」
励ますように言うが、しかし返答がない。軽く背を丸めて、伏せ気味の顔をキースは覗き込む。伸びた前髪の陰に隠れてその表情はよく窺えない。もう一度声をかけた。
「熾己様?」
「いいんだ。ほんとに何も言い返せなかった」
ぜんぶ本当のことなんだ、微かに首を横に振った熾己は、そう淡々と口にする。
「大丈夫ですよ、熾己様。アシュレイに言い返せる奴なんて滅多にいません。俺だっていつも言われっぱなしだし」
「そうなんだ」
見当違いなことを言っていると思いつつも慰めの言葉をかけたキースに対し、熾己は小さく答える。ほんの僅かに、いつもの何処か困ったような笑みを表情に取り戻して。そして顔を上げると唐突に次のように言うので、彼は驚かされることになる。
「君はやさしいな」
思わず「えっ」と声を上げてしまった。
「うわあ、そうですか? わー熾己様にそう言ってもらえるなんて嬉しいなー」
「うん、やさしいよ」
「じゃあやさしいついでに、教科書とかノートとか後でお部屋に運んどきますね」
「いいよ、ちゃんと自分で取りにくる」
そう言う熾己に、キースは笑って手をひらひらと振った。
「ダイジョウブですよー。サービスです」
「どうして戦わなくちゃいけないんだろう」
発端は熾己のその一言だった。
その時三人がいたのは、西領南部の基地の一室だ。第三資料室、とのプレートが掲げられたそこは公開文書の類が収められており、また小さな図書室の役目も果たしている。軍の書館や資料庫としては別に規模の大きいものがあるが、場所的な便利さからそこを利用する者も多い。
窓から吹き込んだぬるい風に、広げられていた軍事史のノートのページがぱらぱらと捲れ上がる。紙の上を流暢に滑る万年筆の先が、時折乾いた音を立てた。
彼らが囲む机の上には、積み上げられた数冊の教本。それら全ては軍事の知識に乏しい熾己に対する課題だった。キースやアシュレイにとっては士官学校時代の復習だが、熾己の目には見慣れぬものも多い。だから妥当な勉強相手として、年号の覚え方や定式の暗記方法なんかを伝授したり、解説を加えたり――といってもキースは他人に教えるのは苦手なのだが――している。
そんな中で、熾己にしてみれば無意識のうちに何気なく零しただけに違いない。
けれど彼の対面に座り黙々と物理を解いていたアシュレイは、ふと顔を上げると左眼を軽く眇めた。そして口を開く。
「熾己様、あんたバカですか?」
低く放たれた言葉。それに対し熾己が声を出す間もなく、アシュレイが机ごしに身を乗り出す。そしてすい、と水平に腕を伸ばした。手にしたペンを軽い仕種でくるりと反転させて、その頭の部分を喉元に突き当てる。
その行為に、それまではひたすら傍観を決め込んでいたキースもさすがに血相を変えた。二人の間の微妙な緊張感は昨日今日に始まったものではなかったし、家では強気な姉と家族親類の口論はしょっちゅうだった――まあ、そもそもの原因は門限だったり行儀だったり些細なことなのだが――から、一番立場の弱い末っ子の処世術として他人の喧嘩に口を挟まないことくらいは心得ている。
しかし今回ばかりは程度が悪い。いき過ぎだ。慌てて机に両手をつくと椅子から腰を浮かせた。
「ちょっ……アシュレイ!」
「キースおまえは黙ってろ」
制止のために上げられた声を軽く一言(いちげん)のもとに切り捨てて、アシュレイはまっすぐに熾己を見据える。
「さあどうします。話し合いで解決しますか」
押し付ける指に一層力を籠めた。
おとなしく恭順するか、それとも抵抗するか。西領の叛乱になぞらえてそれを試しているのだ。
熾己は視線をそらすことも言葉を発することもなく、唇を噛んだまま彼の手を乱雑に払いのける。勢いでアシュレイの手の中から零れたペンは、そのまま床に投げ出され、からからと乾いた音を立てて転がった。
「ほらね」
その反応を、せせら笑うように彼は眺める。そして落とされたペンを拾い上げる。トン、と軽くペン先でテーブルを叩いた。
「目前の脅威を殲滅するのが俺達の仕事」
「でも彼らにだって言い分が」
「それを聞くのは統治者(あんたら)の仕事。だからこの期に及んで馬鹿なこと口にしないでください。あらかじめ話し合いをしておかなかったから、こんな事態になったんでしょ。結局俺達は、あんたらの失敗の尻拭いをしてるんですよ」
非難とともに目の前に突きつけられたペンをよけて、熾己は言う。
「……僕は、治世には興味がないし、国の政治に関わるつもりもない」
何よりも、本人が関わろうとしても周囲はそれを許さないだろう。外交の駒とされることはあっても、内政への関与は端から期待されていない。混血であり第三子である自分の立場が、帝国の中で微妙なものだということくらい、熾己自身も心得ている。
そして彼はそれ以上の議論を打ち切るように、立ち上がって踵を返そうとした。だが。
「そうやって逃げるんですか」
この場から――そして責任から。
俯いたままの熾己がぴたりと歩みを止めた。拳がぎゅ、と固く握り締められる。そんな彼の後を追うように、背中に嘲りにも似た言葉が投げかけられる。
「少尉んとこ行けば慰めて甘やかしてくれますもんね」
「なにを……っ」
ばっ、と勢いよく振り返った。凍りついた表情。視線がぶつかる。
「違いますか?」
「違う」即答して、熾己は椅子に座ったままのアシュレイをまっすぐに見下ろした。一方のアシュレイはふうん、とあからさまに気のない返事をする。そして再び問題集に目を落とした。わざと怒りを誘おうかとするような態度だと、はらはらしながらキースは思う。どう見ても挑発している。
熾己にしてみても、そんな態度を取る相手は初めてだろう。多かれ少なかれ、帝国の誰もが皇家に対する――熾己本人に対してかどうかはともかく――尊重の念は持っているし、そうでなければ遠巻きに見るだけか、徹底的に関わり合いにならない。
それを、真正面から挑むような姿勢で臨むなど。普通に考えれば正気の沙汰ではない。熾己の意向如何によっては、下手をすれば不敬罪だ。
それにも拘らず、彼は更に言葉をつなぐ。
「あんたが優遇されてるのは、血筋の所為でも特別な人間だからでもない。本来は責任の代償なんです。解ってますか? そこから逃げるなんて自分の義務を放棄するのと同じですよ」
「………」
「何か言い返してくださいよ。ちっとも面白くない」
退屈そうにページを繰るアシュレイに対し、返答を喉の奥に詰まらせて、熾己は黙ったままでいる。
「あ、あのですね、熾己様。今日はもう終わりにしましょ」
剣呑な空気をまとわせているアシュレイと、沈黙してしまった熾己の間に割り入るようにして、キースは体を滑り込ませた。これでは一方的な弱い者いじめみたいだ。熾己の前に掌をひらひらと振って、意識を自分の方に向けさせる。彼は少しだけ顔を上げた。
珍しい赤い色の瞳は、暗く翳りを帯びているように見えた。
「ね。だから外に出ましょう」
促して、彼は軽く熾己の肩を押す。くるりと回れ右をさせると、その足で資料室の外へ連れ出した。熾己は小さく頷いて、言われるがままについてくる。
扉がきちんと閉まったのを確認して、彼は声を出した。
「熾己様、お願いですから怒らないでくださいね。アシュレイ、いつもはあんな奴じゃ……いや、ちょっと……だいぶああいうところもあるけど、その、別に悪い奴じゃないんです」
「……うん」
「あいつのことは後で俺がしっかり叱っておきますから! 気にしないでください!」
励ますように言うが、しかし返答がない。軽く背を丸めて、伏せ気味の顔をキースは覗き込む。伸びた前髪の陰に隠れてその表情はよく窺えない。もう一度声をかけた。
「熾己様?」
「いいんだ。ほんとに何も言い返せなかった」
ぜんぶ本当のことなんだ、微かに首を横に振った熾己は、そう淡々と口にする。
「大丈夫ですよ、熾己様。アシュレイに言い返せる奴なんて滅多にいません。俺だっていつも言われっぱなしだし」
「そうなんだ」
見当違いなことを言っていると思いつつも慰めの言葉をかけたキースに対し、熾己は小さく答える。ほんの僅かに、いつもの何処か困ったような笑みを表情に取り戻して。そして顔を上げると唐突に次のように言うので、彼は驚かされることになる。
「君はやさしいな」
思わず「えっ」と声を上げてしまった。
「うわあ、そうですか? わー熾己様にそう言ってもらえるなんて嬉しいなー」
「うん、やさしいよ」
「じゃあやさしいついでに、教科書とかノートとか後でお部屋に運んどきますね」
「いいよ、ちゃんと自分で取りにくる」
そう言う熾己に、キースは笑って手をひらひらと振った。
「ダイジョウブですよー。サービスです」
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