未完成の言葉の欠片 / ※印は要注意orネタバレ / 二次はクリア後前提です
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2026.04.04 Saturday
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04/12/05
2004.12.05 Sunday
「アルはまだ宮廷の決まりごとを知らんからな。しかし将軍家の当主なのだから、これからはそうも言ってはいられないだろう。有職故実(しきたり)を学ばせついでに、行儀見習いとして置いている」
「オークスの人間を侍従にするなど! あれは武門の家柄ですぞ!」
「古くツェーザル帝の時代には侍従武官が近侍したと聞くが? アルはまだ子供だが案外腕は立つ。近衛(このえ)以上にな。物々しい護衛を連ねるよりずっとましだ」
「陛下、あの血統に受け継がれた本来の力は、決して護衛などに甘んじるものではありません。それでもなお、お側に置かれるおつもりか」
「私は、そういうのが変わるといいと思っている」
「オークスの人間を侍従にするなど! あれは武門の家柄ですぞ!」
「古くツェーザル帝の時代には侍従武官が近侍したと聞くが? アルはまだ子供だが案外腕は立つ。近衛(このえ)以上にな。物々しい護衛を連ねるよりずっとましだ」
「陛下、あの血統に受け継がれた本来の力は、決して護衛などに甘んじるものではありません。それでもなお、お側に置かれるおつもりか」
「私は、そういうのが変わるといいと思っている」
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04/11/06
2004.11.06 Saturday
「プラネタリウムに行きたい」
そんな言葉と共に、ぱっ、と目の前に広げられた記事。それは帝都(ルクス)郊外のアミューズメント施設を特集したものだった。
ルクスの市街は、帝城を基点として扇型を描くように広がっている。中心部には将軍家や貴族を始めとした上流階級の屋敷があり、それを取り囲むように堅固な外壁が築かれている。その外が一般市民の居住地だ。比較的裕福な者ほど城に近い区域に居を構えている。更に郊外との境界にも外壁が聳え立ち、古くは帝都を外敵から二重に護る役目を果たしていた。
熾己が指した記事に載っていたのはその郊外の西地区、ツァイス・フォーラ辺りにある科学館である。先月改装されたばかりで、新しく併設された別館に本格的な〈天象儀(プラネタリウム)〉が設置された。
(プラネタリウム、ねえ……)
初めて聞く言葉だったが、要するに部屋のに中に夜空を作り出すものらしい。天球面の現象を投影機で室内のドームに写して、天体の運行を擬似的に見せる装置だと解説には書かれている。
東領(カルディナ)で開発されていたものを帝都に移送したようだ。東領北部は技術革新の目覚ましい地域で、クローデル市には世界で最初のプラネタリウムが存在するという。ツァイス・フォーラのものはその改良型で、試作段階であったクローデルのものに比べ、より高度な投影が可能となっている。
真昼間から夜の星が見られるということで、子供から大人まで人気になっているそうだ。
(地上に星空を。――白日の中に夢をお見せします)
――とそこまで記事の文字列をつらつらと読み進めて、ヴァルトははた、と動きを止めた。その雑誌の出所は一体何処なのだ。城の外にそうそう出ることのできない熾己が、そんなものを簡単に手に入れられるはずがない。
「何処から拾ってきたんだ?」
「これ? 女官のお姉さんにもらった。僕が欲しいって言ったら、くれるって」
当たり前のような口調でなされた熾己の返答に、ヴァルトは軽い頭痛を覚えた。眉を顰め、額を押さえて俯く。そんな雑誌を欲しがる熾己にも問題があるが、渡す方も渡す方だ。
彼は熾己から雑誌を取り上げて、首を横に振った。
「駄目。却下。それにこういうものは読んじゃいけない。これからは絶対にねだるなよ」
「どうして?」
「駄目なものは駄目なの」
そんな風に諭されて、不服そうに熾己は唇を尖らせる。
「理由になってない!」
「そうは言ったって、どうせ外なんか出られないだろ。一人じゃ何処にも行けないくせに。迷子になって攫われるぞ」
「そんなことないよ!」
「そんなこと充分あるんだってば」
どうも危機感が薄い末の皇子に、ヴァルトも多少呆れ気味だ。何処にでもいるような、決して目立つ容姿ではないが、彼の有する特別な緋色の睛で誰だかすぐに見破られてしまう。
そんな言葉と共に、ぱっ、と目の前に広げられた記事。それは帝都(ルクス)郊外のアミューズメント施設を特集したものだった。
ルクスの市街は、帝城を基点として扇型を描くように広がっている。中心部には将軍家や貴族を始めとした上流階級の屋敷があり、それを取り囲むように堅固な外壁が築かれている。その外が一般市民の居住地だ。比較的裕福な者ほど城に近い区域に居を構えている。更に郊外との境界にも外壁が聳え立ち、古くは帝都を外敵から二重に護る役目を果たしていた。
熾己が指した記事に載っていたのはその郊外の西地区、ツァイス・フォーラ辺りにある科学館である。先月改装されたばかりで、新しく併設された別館に本格的な〈天象儀(プラネタリウム)〉が設置された。
(プラネタリウム、ねえ……)
初めて聞く言葉だったが、要するに部屋のに中に夜空を作り出すものらしい。天球面の現象を投影機で室内のドームに写して、天体の運行を擬似的に見せる装置だと解説には書かれている。
東領(カルディナ)で開発されていたものを帝都に移送したようだ。東領北部は技術革新の目覚ましい地域で、クローデル市には世界で最初のプラネタリウムが存在するという。ツァイス・フォーラのものはその改良型で、試作段階であったクローデルのものに比べ、より高度な投影が可能となっている。
真昼間から夜の星が見られるということで、子供から大人まで人気になっているそうだ。
(地上に星空を。――白日の中に夢をお見せします)
――とそこまで記事の文字列をつらつらと読み進めて、ヴァルトははた、と動きを止めた。その雑誌の出所は一体何処なのだ。城の外にそうそう出ることのできない熾己が、そんなものを簡単に手に入れられるはずがない。
「何処から拾ってきたんだ?」
「これ? 女官のお姉さんにもらった。僕が欲しいって言ったら、くれるって」
当たり前のような口調でなされた熾己の返答に、ヴァルトは軽い頭痛を覚えた。眉を顰め、額を押さえて俯く。そんな雑誌を欲しがる熾己にも問題があるが、渡す方も渡す方だ。
彼は熾己から雑誌を取り上げて、首を横に振った。
「駄目。却下。それにこういうものは読んじゃいけない。これからは絶対にねだるなよ」
「どうして?」
「駄目なものは駄目なの」
そんな風に諭されて、不服そうに熾己は唇を尖らせる。
「理由になってない!」
「そうは言ったって、どうせ外なんか出られないだろ。一人じゃ何処にも行けないくせに。迷子になって攫われるぞ」
「そんなことないよ!」
「そんなこと充分あるんだってば」
どうも危機感が薄い末の皇子に、ヴァルトも多少呆れ気味だ。何処にでもいるような、決して目立つ容姿ではないが、彼の有する特別な緋色の睛で誰だかすぐに見破られてしまう。
結局呼ばせました
2004.10.19 Tuesday
「どうして名前を呼ぶだけでそんなに真っ赤になる」
「誰かに聞かれたらと思うと……っ」
「だから、二人きりの時だけな」
満足そうににこりと笑う。
喜んで他人を揶揄う底意地の悪いところがあるくせに、変なところで無邪気なのだ。始末に負えない。
「誰かに聞かれたらと思うと……っ」
「だから、二人きりの時だけな」
満足そうににこりと笑う。
喜んで他人を揶揄う底意地の悪いところがあるくせに、変なところで無邪気なのだ。始末に負えない。
ローデシア編の片鱗とか
2004.10.17 Sunday
「ドクター・ガーラント、これはいいところに」
先週から同僚となった男の呼びかけに、回廊を通りすがる少年はふと足を止めた。
ローデシア王都に位置するエルクランド王立学院(ロイヤル・スクール)、学舎の北東には広大な敷地が広がっており、剣技や魔道の演習場となっている。学院では、次代を担う者として学問だけでなく武芸の修養も必須とされているから、必定、生徒たちは週に数回厭でもそこに通うことになる。
しかし少年は生徒の身ではない。彼は教える側の身分であり、遠く隣国からはるばる王都へ招かれた、歴とした客員講師であった。現に午後一番の概説の講義を終えたばかりで、つい先程彼の出したレポート課題に今頃生徒たちは四苦八苦していることだろう。
眼鏡の奥の赤茶けた瞳をつい、と声の主に向け、彼は微かに首を傾げる。相手の顔は勿論見知っているが、今まで挨拶以上の言葉を交わしたことはない。一体何の用だろうか。
「リンドグレーン先生、どうしたんだろうね」
「ドクターが人気だから目の敵にしてるんじゃないの、リンディ。僕はそう思うね」
教科書を小脇に抱えたまま演習場の方を覗き込むのはユーリだ。彼に対して、隣を歩いていた同じく制服姿のジルティニアが小声で囁く。『リンディ』というのは彼らを呼び止めた教官・リンドグレーンの愛称だった。しかし決して好意から出ているものではなく、生徒たちを頭ごなしに押さえつけ気味な彼を小馬鹿にするニュアンスが拭えない。
「あなたは相当な魔道の使い手だと聞く。どうだろう、ひとたびお相手して頂けないだろうか」
リンドグレーンは言った。
言葉の上では誘いかけであるが、何処か険を含んだ声音だと少年には聞こえた。この男は、どう見ても学院(アカデミア)で学ぶ生徒たちと同年代の、子供の姿形(なり)をした異国の『博士(ドクター)』をいたく敵視しているらしい。
彼は実践魔道担当の教官だ。どうやら授業の途中らしく、その周囲には、身のこなしが楽な演習着を着用した大勢の生徒たちがいる。休憩の鐘は既に鳴ったというのに熱心なものだ。教官が中断を指示しない限り受講生も解放されないのだから、全く大変だと生徒の身になって彼は思った。
「私の法力(ちから)は見世物ではありませんから」
観客(ギャラリー)に見せびらかすほど酔狂ではない、とすげなく断ろうとした少年をリンドグレーンは引き止める。
「だが、皆も異国の魔道に興味がある。なあ?」
そう言って、男は周りに群がった教え子を眺めるように見回した。その視線を受け、彼らは意外にも熱意の籠もった瞳で同意を示すように首を縦に振る。男は再び向き直って少年に呼びかける。
「生徒たちの学習の一貫です。いい刺激になる」
そう口にし、改めて要請する。
「ご協力願えませんかな?」
「そこまで言われるなら……。しかし私は、あなた方の使われる魔法の構成も作法もよく知りません。我流で対応させて頂くことになるが、それでもよろしいですか」
「構わない」
言うと彼は両手をパン、と高く打ち鳴らして生徒たちに合図した。
「では十分休憩。その間にドクターには準備をして頂こう」
先週から同僚となった男の呼びかけに、回廊を通りすがる少年はふと足を止めた。
ローデシア王都に位置するエルクランド王立学院(ロイヤル・スクール)、学舎の北東には広大な敷地が広がっており、剣技や魔道の演習場となっている。学院では、次代を担う者として学問だけでなく武芸の修養も必須とされているから、必定、生徒たちは週に数回厭でもそこに通うことになる。
しかし少年は生徒の身ではない。彼は教える側の身分であり、遠く隣国からはるばる王都へ招かれた、歴とした客員講師であった。現に午後一番の概説の講義を終えたばかりで、つい先程彼の出したレポート課題に今頃生徒たちは四苦八苦していることだろう。
眼鏡の奥の赤茶けた瞳をつい、と声の主に向け、彼は微かに首を傾げる。相手の顔は勿論見知っているが、今まで挨拶以上の言葉を交わしたことはない。一体何の用だろうか。
「リンドグレーン先生、どうしたんだろうね」
「ドクターが人気だから目の敵にしてるんじゃないの、リンディ。僕はそう思うね」
教科書を小脇に抱えたまま演習場の方を覗き込むのはユーリだ。彼に対して、隣を歩いていた同じく制服姿のジルティニアが小声で囁く。『リンディ』というのは彼らを呼び止めた教官・リンドグレーンの愛称だった。しかし決して好意から出ているものではなく、生徒たちを頭ごなしに押さえつけ気味な彼を小馬鹿にするニュアンスが拭えない。
「あなたは相当な魔道の使い手だと聞く。どうだろう、ひとたびお相手して頂けないだろうか」
リンドグレーンは言った。
言葉の上では誘いかけであるが、何処か険を含んだ声音だと少年には聞こえた。この男は、どう見ても学院(アカデミア)で学ぶ生徒たちと同年代の、子供の姿形(なり)をした異国の『博士(ドクター)』をいたく敵視しているらしい。
彼は実践魔道担当の教官だ。どうやら授業の途中らしく、その周囲には、身のこなしが楽な演習着を着用した大勢の生徒たちがいる。休憩の鐘は既に鳴ったというのに熱心なものだ。教官が中断を指示しない限り受講生も解放されないのだから、全く大変だと生徒の身になって彼は思った。
「私の法力(ちから)は見世物ではありませんから」
観客(ギャラリー)に見せびらかすほど酔狂ではない、とすげなく断ろうとした少年をリンドグレーンは引き止める。
「だが、皆も異国の魔道に興味がある。なあ?」
そう言って、男は周りに群がった教え子を眺めるように見回した。その視線を受け、彼らは意外にも熱意の籠もった瞳で同意を示すように首を縦に振る。男は再び向き直って少年に呼びかける。
「生徒たちの学習の一貫です。いい刺激になる」
そう口にし、改めて要請する。
「ご協力願えませんかな?」
「そこまで言われるなら……。しかし私は、あなた方の使われる魔法の構成も作法もよく知りません。我流で対応させて頂くことになるが、それでもよろしいですか」
「構わない」
言うと彼は両手をパン、と高く打ち鳴らして生徒たちに合図した。
「では十分休憩。その間にドクターには準備をして頂こう」
親世代話
2004.10.17 Sunday
「正妃を娶られるとか」
「ああ、そうらしいぞ」
アルフレートの言葉に、書類をめくる手を止めず青年は答える。
厳しい厚雲を追いのけるように太陽が空に顔を出し、やわらかい光が窓へと射し込む。帝城の一角、ここは国を統べる皇帝の執務室だ。季節はまだ冬の只中だが、部屋を飾る花が絶やされることはない。
内政・外交を初めとする国事の諸問題への対応は、元老や貴族たちとの合議制を採っているが、最終的な決定権は全て皇帝にある。エアハルト――正式にはユーディリス四世と称されることとなった――が即位してからまだ三ヶ月と経っていないものの、先帝暗殺以後の空白や混乱もあり、彼はそれらの処理に忙殺されていた。休む間もなく、執務室と寝室の行き来だけで一日が終わる。
各地の治水や都市計画に認証を与え、法と制度に不備の訴えあればその解消を図るよう促す。何も皇帝直轄領(アルメイア)ばかりの問題ではない。他の四領で手に負えなかった分も、帝都まで回ってくる。国政に早く馴染むため臣下の者に任せきりにはせず、自ら指揮を執っている。
その傍ら、諸外国にも訪問して代替わりをお披露目する。国力的にはヴァルファムと同等、もしくはこちらの方が上でも、エアハルトは王者たるにはまだ若年だ。その上、皇太子として次期皇帝候補にあったわけではないから、周囲に名が知れていない。その二点もあり、また各国の現状を目の当たりにする意味でも進んで外遊を務めた。
十九歳の新帝は精力的にそれらの公務をこなしていたが、何とも量が尋常ではない。側仕えか護衛紛いの不安定な立場で宮廷に置かれているアルフレートとて、その慌しさはわかる。
それに加えて、降って湧いたような結婚話だ。
だというのに全くの無関心の様子で、エアハルトは植民都市復興計画の認可を求める意見書に視線を落としている。
「どうしてそんな他人事みたいにおっしゃるんです」
追加分の書類を執務机の上に並べながら、アルフレートは言う。
浮き足立たれても困るが、我が身のことなのにそこまで興味がないように振舞われても戸惑う。しかもそれが演技ではなく事実となれば。
そんなアルフレートの困惑を知ってか知らずか、彼は次の報告書を取り上げて光に透かしながら、豪奢な椅子の背に躰を沈める。そして気のない様子で口にするのだった。
「自分の意思とはかけ離れたところで進む話に、何故私が感慨など持てよう?」
あ、と思わず声を出しかけて、慌ててアルフレートは口許を手で覆った。婚姻の話など、エアハルトよりも更に他人事である少年は、そのことに今まで思い当たらなかったのだ。今年十五になったばかりの彼にはおよそ無関係な話題だったから。
上流階級の縁談など、そのほとんどが政略上のものだ。一国の主の婚儀ともなれば、ただ華燭の典を済ませてはい終わり、というわけにはいかない。その相手を決めるのも、誰を儀式に招くのかも、一種の政治問題――国内外を問わず勢力争いの一端なのである。特にエアハルトには既に母親がないから、婚家が最大の後ろ盾となるに違いない。
「早く身を固めろと元老(ジジイ)どもが五月蠅くてな。皇帝に妻(さい)がないのでは箔がつかず国外に面目が立たんのだと。私としては、あと十年ほどは独り身でいるつもりだったのだが」
彼は深く息を吐いた。
「まあ、所詮生まれた時から既に定められている相手だよ。その時期が多少早まっただけだ。今更文句もつけられん。……しかし相手の令嬢も憐れなものだな。まともに言葉も交わしたことのない夫に、本意(ほい)ではなく嫁ぐなど」
「お相手はどちらの方です?」
「シュヴァイツァー伯爵家の長女だな。名はブリュンヒルトという」
シュヴァイツァー家といえば、源流は帝国成立以前に遡る古い貴族の家柄だ。五将軍家やエアハルトの生母のブラウンフェルズ公爵家にはやや劣るものの、皇妃を輩出するのに何ら問題はない。かの家の当主は先々帝の信も篤かったし、嫡男は宮廷に出仕して重用されている。
「伯爵家にしては願ったり叶ったりでしょう。うまくすれば国母の家系になれる。ご令嬢のブリュンヒルトさまも、それを喜んでいらっしゃるかもしれませんよ」
「一族の隆盛に当人の意向は関係ないだろう。誰もが皆、権力志向と言うわけでもあるまい。現に俺は皇帝になどなりたくはなかったぞ」
「一般論です」
「可愛げがないな、アル。いつからそんな世間ずれしたことを口にするようになった」
エアハルトのその言いざまに、むっとした様子でアルフレートは眉を顰める。そもそも、そんな愛称で呼ぶなと何度言ったらわかるのだこのひとは。全く、他人を揶揄うことを第一の旨としているのだから。
彼はまだ幼い面に大人びた呆れの色を載せる。先日など、自分のことを尊称ではなく名前で呼べと言うのだった。しかしいくら命じられてもそのようなことできるわけがない。エアハルト自身はそれでよいとしても、誰かに聞きつけられた際、不敬として処罰を受けるのはアルフレートの方なのだ。
彼が不服の意をたっぷりと籠めてそう言うと、青年は「子供のくせに頭が固いなあ」などと肩を竦めるのである。
「しかし、まあ、どちらにせよ反古にするわけにもいかないだろうからな。ブリュンヒルト嬢には申し訳ないが」
「陛下の方がおかわいそうです」
「やけに令嬢に点が辛いな」
彼はアルフレートの顔をじっと見つめて、やがて軽く首を傾げた。
「何だ、妬いてるのか?」
「誰がッ!!」
「冗談だ、冗談」
手をひらひらさせ、少年を宥めるように彼は口にする。全て至極真面目な表情で言うのだから質が悪い。
「……真顔で言わないでください」
アルフレートは嘆息と共に口にして、肩を落とした。これ以上腹を立てても更におもちゃにされるだけだ。眉間に苦渋を刻んで、それでも何も言わず黙り込む。この齢で皺が増えたら彼の所為だ。
しかし年下の従者の苦労を気にした風でもなく、エアハルトは淡々と言葉を繋いだ。
「いきなり湧き上がった話でもない。即位した頃からそれとなく窺わされていたしな。あちらも了承済だろう」
「どのような方ですか」
「随分昔に一度きり会っただけだからな。よく知らん。だが、美人だった記憶はあるぞ」
「それはよかったですね」
「ああ、そうらしいぞ」
アルフレートの言葉に、書類をめくる手を止めず青年は答える。
厳しい厚雲を追いのけるように太陽が空に顔を出し、やわらかい光が窓へと射し込む。帝城の一角、ここは国を統べる皇帝の執務室だ。季節はまだ冬の只中だが、部屋を飾る花が絶やされることはない。
内政・外交を初めとする国事の諸問題への対応は、元老や貴族たちとの合議制を採っているが、最終的な決定権は全て皇帝にある。エアハルト――正式にはユーディリス四世と称されることとなった――が即位してからまだ三ヶ月と経っていないものの、先帝暗殺以後の空白や混乱もあり、彼はそれらの処理に忙殺されていた。休む間もなく、執務室と寝室の行き来だけで一日が終わる。
各地の治水や都市計画に認証を与え、法と制度に不備の訴えあればその解消を図るよう促す。何も皇帝直轄領(アルメイア)ばかりの問題ではない。他の四領で手に負えなかった分も、帝都まで回ってくる。国政に早く馴染むため臣下の者に任せきりにはせず、自ら指揮を執っている。
その傍ら、諸外国にも訪問して代替わりをお披露目する。国力的にはヴァルファムと同等、もしくはこちらの方が上でも、エアハルトは王者たるにはまだ若年だ。その上、皇太子として次期皇帝候補にあったわけではないから、周囲に名が知れていない。その二点もあり、また各国の現状を目の当たりにする意味でも進んで外遊を務めた。
十九歳の新帝は精力的にそれらの公務をこなしていたが、何とも量が尋常ではない。側仕えか護衛紛いの不安定な立場で宮廷に置かれているアルフレートとて、その慌しさはわかる。
それに加えて、降って湧いたような結婚話だ。
だというのに全くの無関心の様子で、エアハルトは植民都市復興計画の認可を求める意見書に視線を落としている。
「どうしてそんな他人事みたいにおっしゃるんです」
追加分の書類を執務机の上に並べながら、アルフレートは言う。
浮き足立たれても困るが、我が身のことなのにそこまで興味がないように振舞われても戸惑う。しかもそれが演技ではなく事実となれば。
そんなアルフレートの困惑を知ってか知らずか、彼は次の報告書を取り上げて光に透かしながら、豪奢な椅子の背に躰を沈める。そして気のない様子で口にするのだった。
「自分の意思とはかけ離れたところで進む話に、何故私が感慨など持てよう?」
あ、と思わず声を出しかけて、慌ててアルフレートは口許を手で覆った。婚姻の話など、エアハルトよりも更に他人事である少年は、そのことに今まで思い当たらなかったのだ。今年十五になったばかりの彼にはおよそ無関係な話題だったから。
上流階級の縁談など、そのほとんどが政略上のものだ。一国の主の婚儀ともなれば、ただ華燭の典を済ませてはい終わり、というわけにはいかない。その相手を決めるのも、誰を儀式に招くのかも、一種の政治問題――国内外を問わず勢力争いの一端なのである。特にエアハルトには既に母親がないから、婚家が最大の後ろ盾となるに違いない。
「早く身を固めろと元老(ジジイ)どもが五月蠅くてな。皇帝に妻(さい)がないのでは箔がつかず国外に面目が立たんのだと。私としては、あと十年ほどは独り身でいるつもりだったのだが」
彼は深く息を吐いた。
「まあ、所詮生まれた時から既に定められている相手だよ。その時期が多少早まっただけだ。今更文句もつけられん。……しかし相手の令嬢も憐れなものだな。まともに言葉も交わしたことのない夫に、本意(ほい)ではなく嫁ぐなど」
「お相手はどちらの方です?」
「シュヴァイツァー伯爵家の長女だな。名はブリュンヒルトという」
シュヴァイツァー家といえば、源流は帝国成立以前に遡る古い貴族の家柄だ。五将軍家やエアハルトの生母のブラウンフェルズ公爵家にはやや劣るものの、皇妃を輩出するのに何ら問題はない。かの家の当主は先々帝の信も篤かったし、嫡男は宮廷に出仕して重用されている。
「伯爵家にしては願ったり叶ったりでしょう。うまくすれば国母の家系になれる。ご令嬢のブリュンヒルトさまも、それを喜んでいらっしゃるかもしれませんよ」
「一族の隆盛に当人の意向は関係ないだろう。誰もが皆、権力志向と言うわけでもあるまい。現に俺は皇帝になどなりたくはなかったぞ」
「一般論です」
「可愛げがないな、アル。いつからそんな世間ずれしたことを口にするようになった」
エアハルトのその言いざまに、むっとした様子でアルフレートは眉を顰める。そもそも、そんな愛称で呼ぶなと何度言ったらわかるのだこのひとは。全く、他人を揶揄うことを第一の旨としているのだから。
彼はまだ幼い面に大人びた呆れの色を載せる。先日など、自分のことを尊称ではなく名前で呼べと言うのだった。しかしいくら命じられてもそのようなことできるわけがない。エアハルト自身はそれでよいとしても、誰かに聞きつけられた際、不敬として処罰を受けるのはアルフレートの方なのだ。
彼が不服の意をたっぷりと籠めてそう言うと、青年は「子供のくせに頭が固いなあ」などと肩を竦めるのである。
「しかし、まあ、どちらにせよ反古にするわけにもいかないだろうからな。ブリュンヒルト嬢には申し訳ないが」
「陛下の方がおかわいそうです」
「やけに令嬢に点が辛いな」
彼はアルフレートの顔をじっと見つめて、やがて軽く首を傾げた。
「何だ、妬いてるのか?」
「誰がッ!!」
「冗談だ、冗談」
手をひらひらさせ、少年を宥めるように彼は口にする。全て至極真面目な表情で言うのだから質が悪い。
「……真顔で言わないでください」
アルフレートは嘆息と共に口にして、肩を落とした。これ以上腹を立てても更におもちゃにされるだけだ。眉間に苦渋を刻んで、それでも何も言わず黙り込む。この齢で皺が増えたら彼の所為だ。
しかし年下の従者の苦労を気にした風でもなく、エアハルトは淡々と言葉を繋いだ。
「いきなり湧き上がった話でもない。即位した頃からそれとなく窺わされていたしな。あちらも了承済だろう」
「どのような方ですか」
「随分昔に一度きり会っただけだからな。よく知らん。だが、美人だった記憶はあるぞ」
「それはよかったですね」