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未完成の言葉の欠片 / ※印は要注意orネタバレ / 二次はクリア後前提です
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↓の関連
「オークスは伽などしません!」
「でも拒まなかったじゃないか」
「それは皇子だからです。他の人間ならその前に殺してます!」
 舌を噛む、とかではないのか。普通の宮廷の女なら。やはり何処か螺子が外れているに違いない。
「他の“皇子”だったら、」
 意地悪く問う彼の言葉を遮るように、リディオールはすかさず言った。
「わたしにとって皇子はフィル殿下だけです」
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100年くらい前
「皇后は二人目を死産してから子を生せない体になった。後は全員、皇帝陛下が他所で孕ませた、何処の馬の骨ともわからん子供だ」
「でも、皇子は皇帝陛下の血を――」
「それを知っているのは僕を産んだ女だけだろ?」
 褪せた銀灰色の前髪を透かした奥、濃藍の瞳を細めて少年は言う。リド、と彼女の名を呼ぶ。
「どうした、皇家の人間でなければ仕えられないか。身分賤しい売女の子に頭を垂れるのは、虫唾が走るか」
「……皇子は、実のお母上のことをご存知なんですか」
「顔も知らない。どんな女だったのかも。大方、皇后が金でもくれてやって、国外へ追いやったんだろう。それとも、もう死んでいるかもしれないな」
 
06/10/31
「勝負をつけていけ」
 サイドテーブルの上には、差しかけのチェス盤。
「おまえの勝ちでいいよ」
 ひらひらと手を振って彼は部屋を出る。
 あと三手でチェックメイトだ。熾己は盤の上を手の甲で薙ぎ、駒が床に転がり落ちるのも気にせず、ベッドの上に身を投げた。
「むかつく」
『羅針盤』の裏側
「ハイン」
 僅かに神経質さの滲む、硬質な声音。亡くなった皇太后・マティルデ妃譲りの鮮やかな金の髪をした皇帝は、幼い頃と変わらぬ呼び名で彼を呼んだ。
 まるで、英雄譚の中からそのまま抜け出してきたような容姿。麗しの皇妃と並んでいる姿は、お伽話(メルヘン)のようだと民衆は口を揃えて言う。細身の体躯は先帝フェルディナントのように偉丈夫とは言いがたいが、気取りのない部屋着を身につけているだけでも、他人を惹き付ける何かがあった。
 皇帝の広い私室は、品のよい調度に囲まれている。皇帝は滅多に他人を――皇后でさえ――自室に入れなかったが、部屋の中はきちんと整えられている。従僕や女官達が、不手際のないよう彼の不在中に細やかに手を入れていたし、本人も几帳面な性格だったから、室内が荒れるようなところはこれまで一度たりとも目にしたことがない。殺風景とも取れるほど整然とした室内に、ただ百合の香りが漂っている。
 窓際の棚の上には最新型の蓄音機。音楽好きの彼らしい。しかし普段なら心地よい音を奏でているそれも、今日は重苦しく沈黙している。
 皇帝は再び口を開く。
「私がもし皇家の人間でなかったら、それでもおまえは私についてきていたか?」
 張り詰めた口調だった。今更になって何故そのようなことを問う。
「ありえない前提です」
「答えろ」
「我らは皇家にお仕えする者」
「おまえはどうした?」
「――」
 強く促される。だが、どれほど詰問を重ねられようとも、己は答える術を持たない。そうして黙したままでいると、
「私には言えぬ、か」独白のように。
「……お戯れを」
 声が乾く。
 共に在れば在るほど、気付くだろう。どのようにしても、どれほど距離が近くとも、理解は齟齬をきたすだけで、けしてわかり合うことなどできないということに。友人ではない。そんなものにはなれない。共感などできない。それは不具だろうか。
 皇帝は、ふ、と表情を歪めた。冷笑が唇の端に昇る。
「そうさ、戯れ言だ」
 言って息を吐く。
「おまえといると、私は自分が自分でなくなる気がするよ」
 苛立ちを微塵も隠すことなく、皇帝は口にした。くしゃ、と少し癖のある豊かな金の髪を掌が乱暴に掴む。深海の色の瞳は、今は薄い瞼の下に伏せられ。
「私だけに生涯の忠誠を誓うと言いながら、ひとつも私の思いどおりにならない」
「陛下――」
「おまえに北方の処理を任せる。しばらく私の前に顔を見せるな」
 溜め息とともに、彼の主は吐き捨てた。それ以上視線を合わせることはなしに。


「兄上? どうなさったのです?」
 まだ幼い、年の離れた弟の声。荷造りする手を止めて、彼は顔を上げる。開け放たれたままの扉の向こう、遠慮がちに中の様子を窺うアルフレートの姿があった。おいで、と室内に手招いて、ハインリヒは弟を傍らに呼び寄せる。
 少年は神妙な顔をして、彼が示したスツールに腰掛けた。何故、と衒いもなく問う視線が微かに痛い。彼は穏やかに笑んで言う。
「北の事後処理を命じられたよ。しばらく留守にする。母上と家のことはおまえに任せたよ」
「兄上おひとりで北方に?」
 アルフレートは眉根を寄せる。若き皇帝の幼馴染みであり、一の腹心と謳われたハインリヒは、その外遊に随行することはあっても、単身で帝都を離れるということは今までにはなかった。ジークリート帝はいつも彼を側に置いて、国政に関して諮ることが常であったのに。
 訝しげに尋ねてくる弟の髪に、軽くキスを落としてそれ以上の言葉を堰き、
「……陛下は私の存在が重荷のようだ」
 苦い笑みとともにハインリヒは口にした。皇家がその右腕たるオークスの人間を遠ざけるなど、普通ではありえない。それくらい年少のアルフレートでもわかることだった。
 少年は何事か口を開きかけて、やめる。どうして、と問おうとしたのだろう。幼いけれど、聰い子だ。彼はそれきり何も詮索することなくスツールから立ち上がって、ぺこ、と頭を下げた。
「お邪魔して、申し訳ありませんでした。また出立の時に伺います」
 緊張気味に部屋を出る後ろ姿。それを見送って、ハインリヒは自嘲気味に笑う。年端も行かぬ弟にまで気を遣わせて。
 彼は荷物を放り出したまま、窓辺に寄った。いつもどおりの変わらぬ帝都の風景も、しばらくの間はこれで見納めとなるか。視線の先には栄光を冠する白亜の城。皇帝の居城。幼馴染みであり、主である青年にハインリヒは物言わぬまま問いかける。
 本心など、この空の器の何処に在るというのだ。
「ジーク」
 窓の外、虚空に向けて彼は独りごちる。
「君の望む言葉は、僕には言えないだろう」
06/10/27
「……彼は、おまえを護るためなら自分の命だって喜んで投げ出すだろう。“あれ”はそういう風に定められた一族だからね。けれど決してそうさせてはいけないよ」
 諭すような穏やかな声。
「命に軽重は存在しない。おまえだけが大事なわけじゃないんだ。おまえと、彼と、どちらも同じくらいに大切なのだよ。わかったか?」
「はい、父上」
 理解を促すようゆっくりと言われた言葉に、少年は真摯な睛で父親を見上げて頷く。すると彼は笑って少年の頭を大きな掌で撫ぜた。
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