未完成の言葉の欠片 / ※印は要注意orネタバレ / 二次はクリア後前提です
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2026.04.04 Saturday
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万華鏡(2)
2005.05.26 Thursday
初めて『父』と呼ぶべき相手ができたのは、基礎学校(グルント・シューレ)の五年に上がった頃のことだ。三十手前の、学者肌を感じさせる男だった。帝都の大学出だというから、頭は良かったのだろう。イルマの働くカフェの常連で、そこで彼女を見初めたらしい。最初は躊躇っていた母も、彼の熱意に絆されてやがて求婚に応じたようだ。母はまだ充分年若かったし、子供がいること以外は特に問題もなかったからだ。
継父となった男はリーズ市の役所に勤務していた(母の仕事先もその近くだった)。イルマとの仲は悪くなかったし、血の繋がらないユージィンのこともまるで我が子のように可愛がってくれた。ユージィンも初めてできた父親に程なく馴染んだ。
彼はユージィンの勉強をよく見てくれたし、休日はしばしば遠出をして遊び相手になってくれた。家族で出かけるなんて何て楽しいことだろう。そう思ったものだ。
新しい生活はうまくいっていた。ただひとつだけ問題があった。
三人での暮らしが始まって一年ほど経った頃、継父の帰りが遅くなりだした。役所の仕事はそれまでほとんどが定時で終わっていたから、不思議であった。聞けば上級職の人間が多く入れ替わったらしい。上司が変わったばかりで仕事の効率が悪い所為だという。
上級職は貴族――といっても貴族の中では下級の家柄だろうが――に占められているのが現実で、自分たちのような一般市民にはどうしようもない。
生まれついた身分だけで、何の実力も学歴もなくやすやすと上の立場についた貴族(かれら)に、下級役人風情が、と蔑まれることも多々あったのだろう。その鬱憤を晴らすかのように、継父は同僚と酒を呑んで帰ってきては母や自分に当たった。普段から多少潔癖症のきらいのある人間だったが、酒が入るとそれがよりひどくなる。すっかり正体を失っている自分のことは棚に上げ、家具の手入れの至らなさや洗濯の際に残ったシャツの微かな染みなどを、陰湿に責め立てるのであった。
直接的な暴力を振るわれることはなかったが――そこが最後の自制だったのだろう――一度、彼は母が大事にしていた万華鏡を床に叩きつけた。古びたそれは簡単に壊れた。普段、イルマは彼が子供に手を上げるのを恐れて、彼に酒が入った時は自分を奥に閉じ込めていたが、その時ばかりは部屋を飛び出してばらばらになった破片をかき集めた。
母が一番大事にしていたものだ。そういう思いが自分の中にあった。
次の朝、継父は我に返った様子で母に許しを請うたが、そこまで来ればもう、三人家族の生活が破綻するのに時間はかからなかった。
再びイルマは自分を連れてリーズ市を出、また二人きりの暮らしに戻った。しかし決してベルトラムに戻ることはなく、アルメイアの小都市を転々とした。それからの記憶は、いずれの場所も大して変わることはない。
彼はユージィンの勉強をよく見てくれたし、休日はしばしば遠出をして遊び相手になってくれた。家族で出かけるなんて何て楽しいことだろう。そう思ったものだ。
新しい生活はうまくいっていた。ただひとつだけ問題があった。
三人での暮らしが始まって一年ほど経った頃、継父の帰りが遅くなりだした。役所の仕事はそれまでほとんどが定時で終わっていたから、不思議であった。聞けば上級職の人間が多く入れ替わったらしい。上司が変わったばかりで仕事の効率が悪い所為だという。
上級職は貴族――といっても貴族の中では下級の家柄だろうが――に占められているのが現実で、自分たちのような一般市民にはどうしようもない。
生まれついた身分だけで、何の実力も学歴もなくやすやすと上の立場についた貴族(かれら)に、下級役人風情が、と蔑まれることも多々あったのだろう。その鬱憤を晴らすかのように、継父は同僚と酒を呑んで帰ってきては母や自分に当たった。普段から多少潔癖症のきらいのある人間だったが、酒が入るとそれがよりひどくなる。すっかり正体を失っている自分のことは棚に上げ、家具の手入れの至らなさや洗濯の際に残ったシャツの微かな染みなどを、陰湿に責め立てるのであった。
直接的な暴力を振るわれることはなかったが――そこが最後の自制だったのだろう――一度、彼は母が大事にしていた万華鏡を床に叩きつけた。古びたそれは簡単に壊れた。普段、イルマは彼が子供に手を上げるのを恐れて、彼に酒が入った時は自分を奥に閉じ込めていたが、その時ばかりは部屋を飛び出してばらばらになった破片をかき集めた。
母が一番大事にしていたものだ。そういう思いが自分の中にあった。
次の朝、継父は我に返った様子で母に許しを請うたが、そこまで来ればもう、三人家族の生活が破綻するのに時間はかからなかった。
再びイルマは自分を連れてリーズ市を出、また二人きりの暮らしに戻った。しかし決してベルトラムに戻ることはなく、アルメイアの小都市を転々とした。それからの記憶は、いずれの場所も大して変わることはない。
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