未完成の言葉の欠片 / ※印は要注意orネタバレ / 二次はクリア後前提です
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2026.04.04 Saturday
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クルセンディア編
2005.06.01 Wednesday
北の果てに位置する王国・クルセンディアでは、夏になると太陽の沈まない白夜が続く。真夜中でも地平線すれすれに太陽は顔を出し、昼間ほどではないが見える景色は明るかった。
王都の外れ、寂(さび)れた街の通りに、古い朽ちかけた教会がある。改修されるでも取り壊されるでもなく、いつの頃からか訪れる者もないままにひっそりと佇(たたず)んでいるそこへ向かって、少年は急いでいた。カンバスと携帯用のイーゼル、絵の具や様々な種類の筆が入った重い鞄(かばん)を抱え、静まりかえった人気(ひとけ)のない道を走る。石畳に清涼な靴音が響いた。
王都の外れ、寂(さび)れた街の通りに、古い朽ちかけた教会がある。改修されるでも取り壊されるでもなく、いつの頃からか訪れる者もないままにひっそりと佇(たたず)んでいるそこへ向かって、少年は急いでいた。カンバスと携帯用のイーゼル、絵の具や様々な種類の筆が入った重い鞄(かばん)を抱え、静まりかえった人気(ひとけ)のない道を走る。石畳に清涼な靴音が響いた。
少年――ケイ・リンドブラードは足元に荷物を置いて軋(きし)む扉を両手で押し開くと、薄暗い教会に入っていった。中はかなり広い。
何百年も前に造られたのだろう教会の壁や高い天井には、当時の画家達が才の限りを尽くした荘厳な絵画が描かれている。しかし、色褪(あ)せたそれに昔の栄華は感じられない。装飾の施された窓から差し込む光の筋が、長い歳月の間に溜まった埃(ほこり)を浮かび上がらせる。普段なら月光を取り入れるはずの窓から漏れるのは、仄かに薄い太陽の明るさだ。
かつては白亜を誇った聖堂。ステンドグラスは時の流れのうちに全て壊され、雨漏りに晒(さら)された聖母の像は傾いている。だが彼はここが、他のどの素晴らしい教会よりもお気に入りだった。滅多に誰も寄り付かないから絵を描くことに集中できる。たまに訪れるのは、肝試しをする幼い子供達くらいなものだ。
手入れする者のない所為で埃の降り積もった長椅子の間を抜け、祭壇の前でケイは一度立ち止まる。
視線の先には愁いを帯びた眼差しの聖母エリシャの像があった。母性を象徴するエリシャの像を懐かしそうに目を細めて眺め、彼は再び荷物を担(かつ)いで祭壇の後方、右横の小さな扉から次の部屋に出る。雑多な小物が置かれた小部屋を過ぎると、教会の敷地である庭が広がっていた。元は色とりどりの花の咲き誇るきっと美しい花園だったのだろう。今では雑草が生い茂り、見る影もなくなっているが。
彼は草を刈った僅かなスペースにイーゼルと椅子を置き、絵を描くための準備を始めた。太陽光を後光のように受ける教会の建物の方を向いて、描きかけの絵と絵の具と筆、そしてパレットを取り出す。カンバスの上に描かれた白夜。もうすぐ仕上げに入るところまできて、ふと彼は筆を止めた。
(どうも……うまくいかない)
色の置き方、光の色。思った通りに描けない。
ケイは顔をしかめて、細筆を持ったままの手で赤茶色の髪を掻き上げる。もっとずっと世界は綺麗なのに、それを表現する力が今の自分にはない。彼は小さく溜め息をついた。
絵筆とパレットを置いて立ち上がると、腕を伸ばして一つ大きく伸びをする。空を見上げた。そして視界をぐるりと動かして、柔らかい色の光に包まれた景色を眺めた。穏やかな光を受けた草花が、時折吹き抜ける風に揺らいでいる。
その時だった。いつも見慣れたはずの変わらぬ風景に違和感を覚えたのは。
何かの気配を、背中の方に感じた。
後ろを振り返ったケイは、かさり、と背丈の半分ほどまで伸びた叢(くさむら)を掻き分ける。草の青い匂いが空気中に拡(ひろ)がった。土の柔らかさと、茎の根元を踏む乾いた感触が同時に靴底に伝わる。周囲を見回しながら、ケイは今まで一度も立ち入ったことのなかった庭の奥に踏み込んでいった。思っていたよりも案外広い。
低い木の枝や石壁に絡まった蔦(つた)、灌(かん)木(ぼく)や茂みの合間の翳(かげ)りに、淡い色の花がぼんやりと咲いている。太陽が出ている所為で、こんな夜中まで花弁を開かせているのだろう。物珍しげに近寄ってはしげしげと眺めていた彼の視界に、一際仄(ほの)白(じろ)く浮かび上がるものが映った。
(鳥禽(とり)?)
ケイはじっと目を凝らしながら近付く。
そして息を呑んだ。
(違う。ひとだ……っ)
花壇であっただろう場所、柔らかい花弁の上に、ひとが一人、その躰を横たえていたのである。驚きのあまり大声を上げそうになり、彼は慌てて掌で自分の口許を押さえた。そのままの状態で二、三歩後退(あとずさ)り、大きく深呼吸をしてからもう一度視線を落とす。
一瞬、死んでいるのかと思った。
睡(ねむ)りの時刻を忘れた花々の中に埋もれるようにして、細い肢体を投げ出していた。それはまるで花の葬列だ。露(あらわ)になった腕や脚の膚(はだ)は、土に少し汚れているとはいえ透き通るように白く、夕暮れ時にも似た薄明るい日光を浴びている所為で血の気のない死人にも見える。ゆっくりとした呼吸の度に緩く上下する胸が、辛うじてその生命を証明するものだった。
蒼い瞳を大きく見開いてケイはその人物の姿を凝視した。行き倒れの死体でなかっただけましだが、静かに息をする以外には僅かな身動(みじろ)ぎすらない。そっと傍(かたわ)らまで近寄って様子を眺める。
身(み)形(なり)からすると少年だろう。珍しい色の前髪の陰になった顔立ちはまだ幼さを残し、少女にも見えた。齢(とし)はおそらく十代の半ば頃、自分と大して変わらない。だが細い手足は小さい子供のようだ。
繊(ほそ)い真白な髪が顔の輪郭に柔らかくかかり、ふわりと緩く波打っている。何色にも染まらない純白のそれが、まるで鳥の羽根のように見えたのだ。こんなにうつくしい白の髪は今まで目にしたことがなかった。後から色を抜いたわけでもない、綺麗な白だ。まるでお伽噺の中に出てくる有翼種のような色。彼らの持つ翼や髪と同じ、一点の穢(けが)れも寄せ付けない純粋な。
この国の建てられた土地には、何千年も昔に有翼の種族が住んでいたという伝説がある。有翼種とは神や精霊の末裔とも呼ばれる、人に似た姿をしていながら鳥のように背に翼を担う者達のことだ。そしてクルセンディアの初代の王は、聖なる森の奥深くひっそりと生き長らえていた翼の民の子孫を自らの妻に娶(めと)ったと、そう言われていた。
柩(ひつぎ)に納められた人形にも似た少年の側に跪き、そっとその躰を揺すってみる。考えてみれば、別に関わり合いにならなくても良かったのだ。そこを越えたのは、自分のお気に入りの場所を共有する者に対する好奇心の所為だったのかもしれない。
「こんなところでどうしたの?」
小さく声をかけると、深い眠りの中にいた少年が僅かに長い睫毛を震わせた。
血の透けて見えそうな瞼をゆっくりと押し開いて、少年はその眼差しを空(くう)へと向ける。覗き込んだ両の貴石は左右で色が違った。ケイは惹き付けられて思わず息を呑む。
左の瞳は空を映したような青、しかし右眼は濃紫色だった。
まるで高価な宝石を嵌め込んだようなそれに目を奪われる。白の睫毛が双眸に影を落とし、虹彩の色をより深みのあるものに見せていた。それでも光を集約したような鮮やかさを持ち、うつくしくカットや装飾を施された石さながらだ。綺麗に光を反射する。
こんな紫の瞳など今まで見たことがない。それこそ有翼種そのものの形質だった。白い髪も。しかし有翼種など遠い昔語りの中の種族。本当に存在していたかどうかさえ判らない。もし実在したとしても、今の時代に生き残っているはずがないだろう。現に、少年の背にはその最たる証の翼など見られないではないか。
「誰」
半ば眠りの意識のままで、少年が薄く口を開いた。細い声がそのように問う。慌てて不躾(ぶしつけ)な視線を逸(そ)らして、ケイは少し後ろに退(さ)がった。
少年は気に留める様子もなくゆっくりと上体を起こして、髪に絡んだ薄い赤色の花弁を指先で振り払った。一連の動作を終えてから、ようやく改めて気付いたようにケイの方に目を向ける。そして僅かに首を傾げる仕種で、不思議そうに彼を見た。
「こんなところで何を」
先程ケイが発した言葉そのままに返される。苦笑いになって、彼は肩を竦(すく)めた。
「それは俺がさっき訊いたんだ」
「そうか」
考え込むように少年は口許に手を当てて、
「眠っていただけだ」
ひどく端的に答えた。自分の本意としてはその理由を聞きたかったのだが、どうも通じていない。
そんなことには構わず、少年は欠伸(あくび)しながら腕を天に突き出して伸びをすると、肩口の白い髪を揺らして立ち上がった。服についた葉や土を手で払い落とし、段差を軽く飛び降りる。長い上衣の裾がふわりと翻った。白夜の光の中で、そんな仕種のひとつひとつが幻想的に映る。
しかし。
ふわふわと羽根のような髪が風にそよいだかと思うと、少年は突然に踵(きびす)を返した。ケイがその急な動きに戸惑っている内に、叢を軽やかに走り抜けて彼は距離を離していく。まるで逃げるように。
「ちょ……っ、ちょっと待って!」
呼び止める声にも白い髪の少年は振り返らない。立ち尽くすケイを置き去りに彼は礼拝堂の陰に姿を消した。
それはほんのひとときの邂逅(かいこう)だった。
何百年も前に造られたのだろう教会の壁や高い天井には、当時の画家達が才の限りを尽くした荘厳な絵画が描かれている。しかし、色褪(あ)せたそれに昔の栄華は感じられない。装飾の施された窓から差し込む光の筋が、長い歳月の間に溜まった埃(ほこり)を浮かび上がらせる。普段なら月光を取り入れるはずの窓から漏れるのは、仄かに薄い太陽の明るさだ。
かつては白亜を誇った聖堂。ステンドグラスは時の流れのうちに全て壊され、雨漏りに晒(さら)された聖母の像は傾いている。だが彼はここが、他のどの素晴らしい教会よりもお気に入りだった。滅多に誰も寄り付かないから絵を描くことに集中できる。たまに訪れるのは、肝試しをする幼い子供達くらいなものだ。
手入れする者のない所為で埃の降り積もった長椅子の間を抜け、祭壇の前でケイは一度立ち止まる。
視線の先には愁いを帯びた眼差しの聖母エリシャの像があった。母性を象徴するエリシャの像を懐かしそうに目を細めて眺め、彼は再び荷物を担(かつ)いで祭壇の後方、右横の小さな扉から次の部屋に出る。雑多な小物が置かれた小部屋を過ぎると、教会の敷地である庭が広がっていた。元は色とりどりの花の咲き誇るきっと美しい花園だったのだろう。今では雑草が生い茂り、見る影もなくなっているが。
彼は草を刈った僅かなスペースにイーゼルと椅子を置き、絵を描くための準備を始めた。太陽光を後光のように受ける教会の建物の方を向いて、描きかけの絵と絵の具と筆、そしてパレットを取り出す。カンバスの上に描かれた白夜。もうすぐ仕上げに入るところまできて、ふと彼は筆を止めた。
(どうも……うまくいかない)
色の置き方、光の色。思った通りに描けない。
ケイは顔をしかめて、細筆を持ったままの手で赤茶色の髪を掻き上げる。もっとずっと世界は綺麗なのに、それを表現する力が今の自分にはない。彼は小さく溜め息をついた。
絵筆とパレットを置いて立ち上がると、腕を伸ばして一つ大きく伸びをする。空を見上げた。そして視界をぐるりと動かして、柔らかい色の光に包まれた景色を眺めた。穏やかな光を受けた草花が、時折吹き抜ける風に揺らいでいる。
その時だった。いつも見慣れたはずの変わらぬ風景に違和感を覚えたのは。
何かの気配を、背中の方に感じた。
後ろを振り返ったケイは、かさり、と背丈の半分ほどまで伸びた叢(くさむら)を掻き分ける。草の青い匂いが空気中に拡(ひろ)がった。土の柔らかさと、茎の根元を踏む乾いた感触が同時に靴底に伝わる。周囲を見回しながら、ケイは今まで一度も立ち入ったことのなかった庭の奥に踏み込んでいった。思っていたよりも案外広い。
低い木の枝や石壁に絡まった蔦(つた)、灌(かん)木(ぼく)や茂みの合間の翳(かげ)りに、淡い色の花がぼんやりと咲いている。太陽が出ている所為で、こんな夜中まで花弁を開かせているのだろう。物珍しげに近寄ってはしげしげと眺めていた彼の視界に、一際仄(ほの)白(じろ)く浮かび上がるものが映った。
(鳥禽(とり)?)
ケイはじっと目を凝らしながら近付く。
そして息を呑んだ。
(違う。ひとだ……っ)
花壇であっただろう場所、柔らかい花弁の上に、ひとが一人、その躰を横たえていたのである。驚きのあまり大声を上げそうになり、彼は慌てて掌で自分の口許を押さえた。そのままの状態で二、三歩後退(あとずさ)り、大きく深呼吸をしてからもう一度視線を落とす。
一瞬、死んでいるのかと思った。
睡(ねむ)りの時刻を忘れた花々の中に埋もれるようにして、細い肢体を投げ出していた。それはまるで花の葬列だ。露(あらわ)になった腕や脚の膚(はだ)は、土に少し汚れているとはいえ透き通るように白く、夕暮れ時にも似た薄明るい日光を浴びている所為で血の気のない死人にも見える。ゆっくりとした呼吸の度に緩く上下する胸が、辛うじてその生命を証明するものだった。
蒼い瞳を大きく見開いてケイはその人物の姿を凝視した。行き倒れの死体でなかっただけましだが、静かに息をする以外には僅かな身動(みじろ)ぎすらない。そっと傍(かたわ)らまで近寄って様子を眺める。
身(み)形(なり)からすると少年だろう。珍しい色の前髪の陰になった顔立ちはまだ幼さを残し、少女にも見えた。齢(とし)はおそらく十代の半ば頃、自分と大して変わらない。だが細い手足は小さい子供のようだ。
繊(ほそ)い真白な髪が顔の輪郭に柔らかくかかり、ふわりと緩く波打っている。何色にも染まらない純白のそれが、まるで鳥の羽根のように見えたのだ。こんなにうつくしい白の髪は今まで目にしたことがなかった。後から色を抜いたわけでもない、綺麗な白だ。まるでお伽噺の中に出てくる有翼種のような色。彼らの持つ翼や髪と同じ、一点の穢(けが)れも寄せ付けない純粋な。
この国の建てられた土地には、何千年も昔に有翼の種族が住んでいたという伝説がある。有翼種とは神や精霊の末裔とも呼ばれる、人に似た姿をしていながら鳥のように背に翼を担う者達のことだ。そしてクルセンディアの初代の王は、聖なる森の奥深くひっそりと生き長らえていた翼の民の子孫を自らの妻に娶(めと)ったと、そう言われていた。
柩(ひつぎ)に納められた人形にも似た少年の側に跪き、そっとその躰を揺すってみる。考えてみれば、別に関わり合いにならなくても良かったのだ。そこを越えたのは、自分のお気に入りの場所を共有する者に対する好奇心の所為だったのかもしれない。
「こんなところでどうしたの?」
小さく声をかけると、深い眠りの中にいた少年が僅かに長い睫毛を震わせた。
血の透けて見えそうな瞼をゆっくりと押し開いて、少年はその眼差しを空(くう)へと向ける。覗き込んだ両の貴石は左右で色が違った。ケイは惹き付けられて思わず息を呑む。
左の瞳は空を映したような青、しかし右眼は濃紫色だった。
まるで高価な宝石を嵌め込んだようなそれに目を奪われる。白の睫毛が双眸に影を落とし、虹彩の色をより深みのあるものに見せていた。それでも光を集約したような鮮やかさを持ち、うつくしくカットや装飾を施された石さながらだ。綺麗に光を反射する。
こんな紫の瞳など今まで見たことがない。それこそ有翼種そのものの形質だった。白い髪も。しかし有翼種など遠い昔語りの中の種族。本当に存在していたかどうかさえ判らない。もし実在したとしても、今の時代に生き残っているはずがないだろう。現に、少年の背にはその最たる証の翼など見られないではないか。
「誰」
半ば眠りの意識のままで、少年が薄く口を開いた。細い声がそのように問う。慌てて不躾(ぶしつけ)な視線を逸(そ)らして、ケイは少し後ろに退(さ)がった。
少年は気に留める様子もなくゆっくりと上体を起こして、髪に絡んだ薄い赤色の花弁を指先で振り払った。一連の動作を終えてから、ようやく改めて気付いたようにケイの方に目を向ける。そして僅かに首を傾げる仕種で、不思議そうに彼を見た。
「こんなところで何を」
先程ケイが発した言葉そのままに返される。苦笑いになって、彼は肩を竦(すく)めた。
「それは俺がさっき訊いたんだ」
「そうか」
考え込むように少年は口許に手を当てて、
「眠っていただけだ」
ひどく端的に答えた。自分の本意としてはその理由を聞きたかったのだが、どうも通じていない。
そんなことには構わず、少年は欠伸(あくび)しながら腕を天に突き出して伸びをすると、肩口の白い髪を揺らして立ち上がった。服についた葉や土を手で払い落とし、段差を軽く飛び降りる。長い上衣の裾がふわりと翻った。白夜の光の中で、そんな仕種のひとつひとつが幻想的に映る。
しかし。
ふわふわと羽根のような髪が風にそよいだかと思うと、少年は突然に踵(きびす)を返した。ケイがその急な動きに戸惑っている内に、叢を軽やかに走り抜けて彼は距離を離していく。まるで逃げるように。
「ちょ……っ、ちょっと待って!」
呼び止める声にも白い髪の少年は振り返らない。立ち尽くすケイを置き去りに彼は礼拝堂の陰に姿を消した。
それはほんのひとときの邂逅(かいこう)だった。
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